NHKが放送しない日本の悪しき平等主義達

4月11日のクローズアップ現代を観ました。

放送内容

今、日本の科学技術力の将来を危ぶむ声が高まっている。毎年夏、世界各国の若き秀才が競う「国際科学オリンピック」(数学、物理、化学、生物など)で苦戦を強いられているからだ。この勝敗が次世代のITやバイオテクノロジー半導体技術の勝敗に関わると、国をあげて理系人材の発掘・育成に力を注ぐ中国は、去年、全科目で1位、韓国は3位以内。対して日本は数学と化学が7位で物理や生物は20位以下。背景には、理系に秀でた人材を育成するシステムが無いことや、実験軽視・知識重視の受験教育の弊害が指摘されている。そうした中、政府は、今月、ノーベル賞学者やメーカー幹部などを集めて、支援体制作りを開始した。この春、科学オリンピック各科目で進む日本代表の選考や諸外国の取り組みを追いながら、日本の科学技術力の行方を探る。
(NO.2394)

スタジオゲスト : 江崎 玲於奈さん
    (ノーベル物理学賞受賞者)

クローズアップ現代−苦戦する日本 科学オリンピック

また、冒頭のナレーションは以下の通り。

毎年夏に開かれているのが世界中の十代の少年少女が生物や化学物理数学など各科目での能力を競い合う国際科学オリンピックです。国内での厳しい競争を勝ち抜いてきた若い頭脳。出場者はその後、その国それぞれの国で研究開発を担う逸材と期待されているためこの大会での結果がそれぞれの国の将来の10年後の産業力開発力を占うものと見られています。それだけに科学オリンピックに向けて各国は人材育成強化に乗り出しているのです。

番組の主旨は、

  • 科学オリンピックでの日本の成績は良くない。
  • ほぼ毎年1位となっている中国は、素質のある子供を選抜し英才教育を行い上位入選を実現している。
  • 日本にも小2で微分積分をマスターするような才能のある子供もいるが組織的な支援が無く独学するしかない。
  • 日本の科学オリンピック出場者は研究開発ではなく、医学や商社などの道に進む人が多い。
  • 日本のメーカーは優秀な理数系人材が集まらず海外の科学オリンピック出場者を獲得する企業も出てきた。

というものでした。

疑問だらけの放送内容

放送を観て、不思議に思ったことを並べてみます。

なぜ科学オリンピックで日本の成績は低いのか。

それにしても、2006年の結果には驚いた。順位は:

1. 数学:中国、ロシア、韓国、ドイツ、米国
2. 化学:中国、台湾、韓国、ロシア、台湾
3. 生物:中国、タイ、台湾、韓国、米国

上記に物理を加えたニッポンの結果は:

1. 数学:7位
2. 化学:7位
3. 物理:20位
4. 生物:27位

余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋 - Blog

これだけ見ると確かに日本の成績は低いように見えますが、物理や生物が極端に低いのには明確な理由があります。

まず,Wikipediaの「国際数学オリンピック」の項を見るとこれまでの日本の順位が書いてあり,2006年の7位は過去最高の成績であることが分かります。 同様に,「国際化学オリンピック」の項によると,順位こそ記載がありませんが,2006年の金メダル1・銀メダル3という成績はやはり過去最高です。 国際生物学オリンピックにはまだ2回しか参加しておらず,しかし,ここでも,2006年には,初参加の 2005年よりも日本人メダリストが増えています。 そして,国際物理オリンピックに至っては,2006年が初参加です。

頂上を高くするには裾野も広いほうがいいよね,という話(なのか?): JUN-K's BLOG

国際科学オリンピックもテストであることには変わりないのですから、重要なのは「傾向と対策」です。公式ページの過去問は昨年のものしか無く、それより前は個人のページにリンクをはっているいう状況で20位という成績はかなり良いと言えると思う。
もしNHKが科学オリンピックの日本の成績が低いことを問題視するのであれば、近年まで数学以外のオリンピックに参加してこなかった理由を問うべきだろう。

科学オリンピック上位入賞は必要なことなのか

「この大会での結果がそれぞれの国の将来の10年後の産業力開発力を占うものと見られています。」とNHKは言っていますが、この”見られている”と考えているのは誰なのでしょうか。NHKなのでしょうか、それともNHKが取材した誰かなのでしょうか。確かに10年後の産業力開発力を占うのであればその国にとって非常に重要でしょう。ではG7(主要先進7カ国)で上記2006年に上位いるのが米国とドイツの2カ国しかいないのはなぜなのでしょうか?他の先進国も日本同様に出場者の支援体制ができていなかったり理数系学生の教育に課題があるのでしょうか?そして、10年後には国家の世代交代が行われようとしているのでしょうか。他の先進国が科学オリンピックについてどう考えているのかも、是非、取材して欲しいものです。
中国では科学オリンピックに出場し好成績を収めることは将来の約束に繋がりますが、日本ではほとんど見返りがありません。(日本の一部の大学で一部の試験の免除があるようですが、中国では入学試験そのものが免除されます。)周りの学生が受験勉強で忙しいときに科学オリンピックに出場することは大きなハンディとも思えます。つまり、出場者にとって科学オリンピックで良い成績をとることは必ずしもメリットにならず、少なからずリスクになっているようにも見えます。
日本にとっても、一部の人間に英才教育を施して上位に入賞させても、必ずしも日本の産業の発展が約束されるわけではないのですから、大きなコスト(科学オリンピック用の英才教育システムの構築など)をかける価値はないのではないでしょうか。

「日本科学オリンピック推進委員会」にできることは何か

日本の科学オリンピック上位入賞を目指して設立された「日本科学オリンピック推進委員会」は、「「日本科学オリンピック推進委員会」の設立について(pdf)」によると事務局は日本科学技術振興財団となっています。この日本科学技術振興財団というのは科学館の運営をおこなっている財団法人とのことですが、この事業内容と中国がやっているような国を挙げての英才教育とはレベルが違う気がします。だいたい、委員会設立のpdfがなぜ筑波大学のホームページあるのか分かりません。別にドキュメントがどこに掲載されても良いとは思いますが、組織の体制が透けて見えてくる気がします。番組で江崎玲於奈さんは今の受験勉強向け知識詰め込み教育ではなく、個人の創造力を伸ばす教育が必要と言われていましたが、それをするなら教育システムそのものを買える必要があります。この組織でできるとすれば、啓蒙活動と人員募集と多少の支援ぐらいでしょう。それは、出場者に対して、受験勉強と科学オリンピックの両方を強いることになります。果たしてそれが出場者のためになることなのでしょうか。また、国の将来のためになることなのでしょうか。

結局は人材育成

番組では科学オリンピックに焦点を当てていますが、問題提起しているのは日本の将来の産業力や開発力に対する不安です。科学オリンピックの成績が良いからと言って将来の産業力や開発力が保証されるわけではありませんが、その逆は成り立ちそうですし、将来、国が豊かであれば科学オリンピックの成績が悪くても問題にはならないでしょう。要は人材育成、教育問題に帰結することになります。
文部科学省も理系人材の育成について今の教育の仕方には問題があると考えているらしく、人々とともにある科学技術を目指して-3つのビジョンと7つのメッセージ-:文部科学省として2005年にまとめています。

将来の科学技術をリードしうる人材層を厚く育んでいくためには、「出る杭を打つ」文化から「長所を伸ばす」文化へと転換し、伸びうる能力を伸ばして、中堅層を厚く、ピークを高くしていくことが必要である。

科学技術理解増進政策に関する懇談会 人々とともにある科学技術を目指して−3つのビジョンと7つのメッセージ−[3]

ところで、「出る杭を打つ」文化とは誰が担っているのでしょう。誰に対して文化の転換を提案しているのでしょう。この提案文書作成のための会議議事録には以下のコメントがあります。

文部科学省理科大好きプランは成功といえる。まず第1に、PISA(生徒の学習到達度調査)、TIMSS(国際数学・理科教育動向調査)の結果より理科の成績は下がっていないこと、もっと積極的にいえば理科好きがわずかだが増えたことがあげられる。それから、日本において物理、化学、生物などの科学オリンピックは学者の抵抗が強く、評価されていないので、学術会議にスポンサーになっていただいてはどうか。物理学会でも随分努力して、物理オリンピックをやろうとしているが、結構反対が多い。平等に反するという考え方が多いのが現状であり、具体的には、「飛び級入学」は千葉大と私大が少しあるだけだし、オリンピックで優秀な成績を得た学生を優先入学させるために学会の支持を受けることも必要である。

科学技術理解増進政策に関する懇談会(第1回)議事要旨

日本の学者は科学オリンピックが嫌いらしい。この話と「出る杭を打つ」「長所を伸ばす」文化うんぬんの内容から「出る杭を打つ」文化を担っているのは日本の(一部の)学者らしい。だったら、ストレートにそう書けと言いたい。番組で言わないのは学会代表の江崎玲於奈さんに遠慮したのだろうか。
この提案文書では「長所を伸ばす」文化への転換と言いながら具体的に言及しているのは高校での取り組みのみ。小学中学については、「当懇談会では、特に、中等教育以前の段階の子どもたちの能力伸長の重要性に着目し議論を行ったことを付言しておく。」とだけ書いたある。議論した結果を書かずに「議論した」と書いてどういう意味があるんだろうか。
また、番組で紹介された小学2年で微分積分をマスターしたような人は高校までの7年間、独習しろというのだろうか。

努力すれば皆同じペースで成長できるという誤解

言い換えると成績が悪いのは本人の努力が足りないからと言うことにもなりますが、こういう誤解が日本では浸透しているそうです。極端な例だと、ギフテッドと呼ばれる人がいます。たまにアメリカで小学生の年齢で大学に通う子供のニュースが報道されル事がありますが、あれです。ギフテッド - Wikipediaによると完全なギフテッドは300万人に1人の割合で生まれるそうで、日本の人口を1憶2000万人とすると、日本国内に40人いることになります。天才児と言えば聞こえはいいですが、日本のように「子供は子供らしく」が求められる社会ではかなり苦労しているのではないかと思われます。
それから、小飼 弾さんも404 Blog Not Found:小飼 弾 Errata, Addeda & FAQを読む限りギフテッドの関係者(?)ではないかと思うのですが、日本の学校では苦労されていたようです。

アメリカも同じ様な悩みを抱えているらしい

フラット化する世界(上)フラット化する世界(下)には、フラット化する世界で子供にどういう教育を教育をすべきかが書かれています。アメリカからすると低賃金で質の高い製品/サービスを提供するインドや中国が驚異に見えているようです。まあ、日本もアメリカと同じ様な立場かも知れません。著者は将来どういう知識や能力が必要になるか予想できないので、学ぶことを学ぶ能力を身につける重要性を説いています。つまり、人より早く必要な知識や能力を身につけろと言うことらしいです。では、どうしたらそういう能力を身につけられるかというと、明確な答えは無いとしながらも、良い先生の授業を受けろと言うことでした。例えば、同級生に一人ずつ良い先生をあげてもらい一番人気のある先生の授業を受けると言うことだそうです。科目は何でも良いそうです。そういう良い先生の授業を受けると学ぶことに対する情熱を獲得できるとか。確かに嫌いな先生の場合、その科目も嫌いになりやすい気がします。
他に右脳とか左脳とかの話も書いてありましたが、よく分かりませんでした。単純な知識労働はインドにまかせて、創造的な仕事はアメリカがやるというような内容だと思いました。
国としての競争力として、アメリカが優れているのは自由な資本主義経済を持っていることだそうです。それと大学/企業との連携によって様々なイノベーションを生み出していけると著者は言っています。
さて、では日本はどうでしょう。http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/pcjapan28.htmlに書かれているようにWinny開発者の逮捕/有罪判決は日本の技術者の立場の危うさを象徴しているように見えます。社会に影響を与えるような新しい技術やサービスを開発することは犯罪者になるリスクを背負うことを意味するからです。GoogleYouTubeもなぜアメリカばかりなのかと思いますが、万が一、日本でサービスが始まっていたら逮捕されて犯罪者になっていたでしょうから、アメリカで良かったかなとも思ってしまいます。アメリカは技術者にとってのサクセスストーリーの例が豊富なので、うらやましいと思う。

最後に

いろいろ考えてみると科学オリンピックの順位はどうでもいいように思えてきました。文部科学省は「長所を伸ばす」と言っていますが、具体策がないので、現状は何も変わらないでしょう。メディアも余り教育問題には関わりたくないようです。(最近、まったくいじめ報道が無くなりましたが日本からいじめは根絶されたのでしょうか。)今はインターネットがあるので自分で情報を集めて自分で判断して、自分の道を切り開くしかないようです。