好きな本を守るためにできること

津田さんが絶望した文化審議会での里中委員・三田委員らの発言 - Copy&Copyright Diaryの記事を読んで、直接、文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第4回)の議事録を読んでみる。

最初に経済学専門の3人の先生方から著作権延長による経済への影響について資料により説明。

5.配布資料
資料1 著作権保護期間に対する意見(田中氏発表資料)(PDF形式(296KB))
資料2 メディア・コンテンツの最適著作権期間:ガンダムアプローチ(絹川氏発表資料)(PDF形式(254KB))
資料3 著作権保護期間の経済分析 デジタル時代の創作と利用のための著作権(中泉氏発表資料)(PDF形式(254KB))

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/04/haihu.html

田中氏による資料1の説明と中泉氏による資料3の説明は、著作権と経済効果の関係について分かりやすくまとまっているので、これまではてブの人気エントリなどに上がっていたことと重複するが興味のある人は一度見てみると良いと思う。要は著作権期間の延長は益がないか薄く、害が大きいという内容。
絹川氏による資料2の説明は正直よく分からなかったが、ガンダムやディズニーなどの版権ビジネスが成立する場合は著作権期間の延長による経済効果が期待できる場合があるとのことらしい。後から津田氏による質問があるが、版権ビジネスが成立しないような著作物は対象外とのこと。また、こういう著作物は著作物全体からすると極一部だが経済効果は大きいとのことだが、確かにそうだと思う。

これらの説明を受けて、各委員からコメントがあるのだが、その内容とそれに対する感想は、上記のCopy & Copyright Diaryさんと同意見なので割愛する。

上記のエントリで引用されていないが、理解しがたいコメントがあったので紹介したい。
一つ目は椎名委員の次のコメント。

【椎名委員】 津田さんがおっしゃる経済的な理由でEUアメリカが延びたのだということ,それが経済的な理由によるかどうかに限らず,自分たちの身過ぎ世過ぎである著作権に関して,国の制度がどの程度の保護を与えてくれるのかというのは,著作者にとっては関心事だと思うのです。経済的な理由からどうのこうのというようなことを通り越して,著作者というのは著作権で食うわけです。自分が創作をするメンタリティとは全く別に,年末に源泉徴収票をもらって,「あ,これだけもらったんだ。」というちょっとどぎまぎしたところがあるわけですけれども,要は食いぶちの話をしているのです。自分の食いぶちの話をしている。その話をしているときに,あなたの食いぶちは安い方が,周りがみんな幸せになるのですよという説明をされているような気がしてならなくて,著作者という立場で活動していて,いろいろな国の著作者もいる中で,何でこの国の保護は低いレベルのままなのだろうと疑問に思うのは,理屈ではなくごく自然なことであると思うのです。具体的な金額を決めているわけではないけれども,自分達の価値に対するある種のスタンダードがこの委員会で話されているという意識を持っていると思うので,そこのところを理解していかないと,話が永遠にずれていってしまうのではないかと思いました。
(強調は引用者)

この「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」というのは著作者の食いぶちの面倒を話し合うための会議だったのだろうか。現行の著作権の保護期間は著作者の死後50年と決まっているが、これが70年に延びると著作者の食いぶちにどう影響するんだろうか。影響するとしても孫とかひ孫の世代になるのではないのか。ただ、上記コメント中の著作者を権利者に置き換えるなら話は分かる。それこそ純粋に金儲けの、ビジネスのことだけを考えればいいのだから。独占企業としては独占期間が長ければ長いほど利益が見込めるし、少なくとも自分たちが損することはない。どうやら、お金儲けの話を無理矢理にでも人情話に持っていきたいらしい。


また、津田委員の絶望コメントの後に里中委員は次のようにコメントしている。

【里中委員】 すみません,絶望的な気分にさせたまま帰るのはいけないので,もう少し,説明させていただきますが,つまりそういう説得力の面なのです。そういう意見があっても,70年に延ばしたわけでしょう。経済効果が本当は落ちるけれども,それでも合わせて延ばそうと思う,裏の,裏はないのかもしれませんけれども,理屈に合わないことをしているわけです,欧米の国々というのは。経済学者さんたちに言わせると理屈に合わない保護期間延長をやってきたわけです。
 よその国に合わせる,欧米で統一するとかという政治的な配慮もあったと思うのですけれども,日本がどうして合わせないのか,ここでも議論されたと思いますが,お仕事でグローバルにやっていらっしゃる方にとっては,こちらが50年で,あちらが70年だといろいろ不都合が生じるような実例とかも話していただきましたけれども,では,どうして日本は合わせられないのかというあたりで納得できないものがあるのです。そういうことで申し上げたので,余計何か絶望させたような説明ですみません。
(強調は引用者)

「どうして日本は合わせられないのか」ではなく、「日本はどうすべきか」を話し合うのがこの「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の主旨だと思うのだが、違うのだろうか。著作権の保護期間として適切な期間を議論し、結果として保護期間が外国と同じならそれでいいし、違うなら外国に保護期間の見直しを提案するくらいのことをしても良いのではないのか。外国が政治的な理由や特定企業の圧力で保護期間が決まったことが分かっているのに、日本がそこに合わせる理由などない。

この里中委員というのは里中満智子さんという漫画家でこれまでに何冊もコミックを出されているらしい。Amazonで検索してみると48冊の著作が見つかるが、13冊は販売していない。里中委員には、こういう自分の過去の作品が販売されていない状況をどう思っているかを聞いてみたい。販売しても大して売れないから、食いぶちには繋がらないからどうでもいいと思っているのかもしれないし、出版社に販売するように依頼をしているのかもしれない。いずれにせよ、作者自身が決めたことならば、漫画のファンが漫画を手入れられなくて悲しんだり、将来、ファンなるはずだった子供が漫画に出会わなかったためにファンにならなかったとしても、仕方がないのかもしれない。たとえ、この状態が今後50年+αとか70年+αとか続いたとしても。しかし、同じ悲しみを他の著者の読者にも与えようとしていることを考えたことがあるんだろうか。

もしかしたら本が品切れになるなんて考えたこともないのかもしれない。http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/compass-033.htmlによると品切れになっても著者には何も連絡がないらしい。しかし、出版社が重版を拒否したとしても、著者が存命していて、著者に強い意志があれば、今ならばインターネットで公開することもできる。

金を稼ぐことよりも、読者の手に届くことのほうが、私にとってはしあわせなんだから。

http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/compass-033.html

こういう著者の気持ちはよく分かる気がする。品切れしても出版社が重版しないような著書は販売したとしても利益は見込めないのだから、ネットで無料公開した方がみんなにとって利益になるのではないだろうか。

しかし、著者が亡くなっていた場合、重版されず品切れとなった著書は塩漬け、死蔵される。読者がどれだけ価値を主張しようと一定の販売量が見込めないものは重版されない。そして、50年、70年の月日が経って自由に著書を公開可能になったとしても、その著書を知っている人はいなくなってしまっている。そういう世の中が里中委員の望む世界なのだろうか。

また、絶版ラノベ配信サイト、ダイナミックプロが開設 - ITmedia NEWSという絶版書籍をネットで販売する試みもあるが、これも所詮、採算が取れなければ閉鎖されてしまう。著書データはその都度、サーバから読み込むため、サービスが終われば過去に購入した著書はすべて読めなくなってしまう。せめて、iTunes Storeのようにローカルにデータを保存できるようにできないものだろうか。

結局

もしこのまま今の著作権法が維持されるか、改悪されるのならば、過去に出版されまた、今も出版されている多くの著書が絶版、品切れで入手できなくなり、やがて人々の記憶からも消えてしまうだろう。そして、ハリーポッターのような極々一部の人気作品だけが数十年の月日を超えて生き残るのかもしれない。
結局、こんな状況で自分に何ができるかを考えてみた結果、自分の一番好きな本や印象に残っている本を紹介することにした。

参考:竜を愛でる少女の物語 −竜の夏(著:川又千秋)− - うつせみ日記 (Utsusemi Nikki)

追記(2008/09/24)

id:himagine_no9さんのはてブコメントを読むと、誤解がありそうだったので追記します。

むしろ俺なんかは椎名委員の「食い扶持」発言は支持するんだけどな。もはや死後50年以上の延長を語る必要はなく、今生きている著作者・実演家の収入についてへと議論をシフトさせるべきだとね。

はてなブックマーク - himagine_no9のブックマーク / 2008年9月24日

私も「今生きている著作者・実演家の収入について」の議論なら賛成です。大いにやるべきだと思っています。特に余り名前の売れていないライターさんや歌い手さんは対価を受け取れないという噂を聞いたり楽曲の原盤権はレコード会社が持っているという話を聞くと、特にそう思います。
話を元に戻すと、上記の「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は著作権保護期間を著作者の死後、50年から70年に延長すべきか、すべきじゃないかの議論をしていると私は認識しています。著作者の死後の保護期間の話をしているのに、著作者の「食いぶち」の話を持ち出すのは、どう考えてもおかしいです。
もし、椎名委員が、著作権の保護期間を著作物発表後からカウントすべきで、その場合は著作者の食いぶちのことも考えなければならない、という考え方をされているなら私も支持します。まぁ、そんなことはあり得ないと思っていますけど。