任天堂の「今そこに無い危機」の兆候
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20090521/1242884890を読みました。しかし、「任天堂 “驚き”を生む方程式」は読んでませんし、これからも読む気はありません。
「任天堂 “驚き”を生む方程式」を読まない理由
ネットが使える今の時代、できるだけ多くの人に誤解無く情報を伝えたいのであればネットを使うのが一番だと思っています。おそらく、任天堂もそう考えていて、多くの情報を自社のウェブサイトに掲載しているのだと思います。(決算説明会の動画公開はもちろん、質疑応答もテキストで公開しています。)
任天堂は外様に経営を語られることをよしとしない。経営を称えられることすら厭う。だから個別に取材を受けるということは、これほど成功している企業であるのに極端に少ない。故にその経営を題材とした書籍も、ほとんどない。
404 Blog Not Found:究極の仕事 - 書評 - 任天堂 "驚き"を生む方程式
この本には上記のように書かれているそうですが、「山内語録」には次のように書かれています。
社長に講演の依頼とか結構多いんだけれども、あまり行かないですね。「そんなもん行って話しても誰もわからない」という考えでいますから。見せもんにされるのもいやだし
http://homepage2.nifty.com/kamitoba/goroku/yamauchi.html
今西紘史(『任天堂大戦略』中田宏之著 JICC出版局1990年)
ちゃんと言ったこと伝えてくれるのか、そもそも理解してくれるのかすら分からないのに、取材や講演を行うことにどれほどの意味や価値があるのか分かりません。下手をすると揚げ足を取られかねないですし。
弾さんのエントリに本の目次が分かりやすく掲載されています(引用元よりも見やすく分かりやすく記載する点はすばらしいと思います)。これを見るとだいたい書かれている内容が想像できてしまいます。もちろんすべてではありませんが。たとえば、「「肩越しの視線」という武器」はHOBO NIKKAN ITOI SHINBUN - 1101.comの「「肩越しの視線」」の事でしょうし、Wii誕生秘話については社長が訊く Wii プロジェクト - Vol.1 Wii ハード編と内容に大差ないのではないかと思われます。
もし、こういう本を買うとしたら、その本にしか書かれていない情報や、優れた考察が必要ですが、目次からはそれが読み取れません。この本に価値を見いだせるとしたら、「任天堂?ファミコン作った会社だよね」というような認識の人やネットを使えない/使わない人が、「100年に1度の不況」でも利益を出し続けている任天堂という会社の概要・略歴を手っ取り早く知りたい人のためなのかなと思います。
「今そこに無い危機」の兆候
任天堂は無借金経営で約1兆円もの現金をもっています。2009年度3月期決算説明会の質疑応答で、この現金について岩田社長を次のようにコメントしています。
任天堂がキャッシュリッチである状況を一気にやめてしまうということは、私には考えにくいし、そうなれば任天堂が将来打てる手が狭まってしまって、結果的に任天堂の未来への競争力が下がり、結果、株主の皆さんにもご評価いただけない会社になってしまうというのが、私の基本的なスタンスです。
2009年3月期 決算説明会 質疑応答
一方で、キャッシュがあるということはいろんな選択肢を持つということで、お話にあった自社株買いも当然選択肢の一つになりますし、私たちが必要と感じれば当然行います。あるいは今日現在はありませんが、ある日突然、「この技術を手にしたら、この特許を手にしたら任天堂はこれからの闘いがものすごく有利になる」というものを見つけたら、任天堂はこれまで買収等を大型に仕掛けてきたことはほとんどない会社ですが、その選択肢を任天堂が持っていていいと思います。その一つの技術、一つの特許を手にするかしないかが、われわれの未来を大きく左右するとなれば、当然(その選択肢を)使います。
つまり、この約1兆円という現金は「守り」にも「攻め」にもなり、必要と判断すれば使う覚悟があると言っています。こんな会社がどうすれば危機になるのかすぐには思いつきませんが、「もしこうなったら危ない」という兆候を考えてみました。
「パチスロ・ピカチュー」、「パチスロ・マリオ」の登場
ポケモンもマリオも世界中で有名です。Wikipediaによるとマリオは最も有名なゲームキャラクターとしてギネスにも登録されているそうです。これほど、有名なキャラクターを使ってパチスロやパチンコを開発すれば大人気になるに違いありません。私も1度はやってみたい気がします。まあ、批判が殺到しそうですし、現実にはあり得ないでしょうけど。
ハードウェアスペックを強調し始める
CPUのクロックが2倍になったとか、コア数がいくつだとか、解像度がなんとかだとか。DSiに搭載したカメラの解像度が30万画素という話を聞いたときは驚きましたが、改めて考えてみるといかにも任天堂らしい選択だとも思います。任天堂からスパコンやWeb2.0、クラウドという言葉が出たら危ないと思います。(Nintedo64の時はスパコンに喩えていたようですが。)
映画を作り始める
以前、50億円を投じてマリオが主人公のハリウッド映画が制作されましたが興行収入は振るわなかったとのことです(スーパーマリオ 魔界帝国の女神 - Wikipedia)。ただ、この映画制作に任天堂は一切ノータッチだったとのこと。任天堂が本気で取り組めばそれこそ世界的に有名なキャラクターをたくさん持っているのですから、それなりに成功しそうな気もしますが、長期的には道を誤ることになる気がします。
金融業に参入する
「お金をたくさん持っているのだからそれを元手に金融業に参入」というようなことになったら任天堂は終わりでしょう。
変なゲームを作らなくなる
任天堂は昔からたくさんのヒットタイトルを作ってきましたが、黒歴史とも言うべき売れないタイトルやおかしな製品も販売してきました。たとえば、「バーチャルボーイ」や「サテライトビュー」、「ファミコンロボット」など。もしかしたら、「板(体重計)」ことWiiFitもこれらに加わっていたかも知れません。そういう売れるかどうか分からないものをリスクを取って作るところが任天堂の強みでしょう。
株の分割を繰り返す
以前の株主総会で株が電子化されたら検討すると言っていましたが、もし、100分割を何度も繰り返すようなことをしたら、「粉飾決済容疑で強制捜査」ということもあり得るかも知れません。
2009年1月に株券の電子化が決まっているため、現時点では行わない。実現すると低コストで実現できる。2009年1月以降に検討したい。現時点で具体的にいつからとかいえない。
まこなこ
オフィスから椅子を撤去。廊下は早く歩かないと警報が鳴る。
こういう会社が実在する以上、任天堂が導入する可能性はゼロではないはず。
本当にあるかもしれない危機
まだ先のことでしょうが、個人的には「後継者の育成」が会社にとっての危機というかリスクだと考えています。先代の山内さんも次のような言葉を残しています。
後継者は育てるべきものなのか、育つものなのか。正直言って迷っている
http://homepage2.nifty.com/kamitoba/goroku/yamauchi.html
(『会社の年齢』日経産業新聞編、日本経済新聞社1993年)
今は岩田さん、宮本さんが表に出ているために目立ちますが、実際のソフト開発は多くの社員の方が行っています。だからと言って、岩田さん、宮本さんの役割が重要であることに変わりはないと思っています。Appleはジョブズ氏の復帰によって大きく躍進しましたが、これはAppleという会社の持つ能力をうまく引き出すことに成功したからだと思っています。今の任天堂は良い社員、良い企業文化、良いリーダーが揃っているため良い結果に繋がっていますが、分不相応な人間がリーダーになった場合、Appleとは逆のことが起こるのではないかと思います。ただ、こればかりは心配しても仕方がないので、岩田さんが登場したように適切な時期に適切な人材が登場するのかも知れません。それこそ運を天に任せるしかないのでしょう。
追記(2009/05/26)
余りにもタイムリーなエントリを見つけたので追記します。弾さんの「リスクにあなたは騙される」とい本の書評記事です。
そんなに長文でもないですし何より面白いのでリンク先のエントリを読んで欲しいですが、要約すると「恐れなければいけない唯一のものは、恐れそれ自体である。」ということになるかと思います。で、この本の最終章についてのコメントが以下です。
最終章の「今ほど良い時代はない」は、日本においてこそより事実である。
404 Blog Not Found:恐れのみを恐れよ - 書評 - リスクにあなたは騙される
上記の「日本」を「任天堂」に置き換えてもそのまま当てはまるように思います。これまでにない新しい発想のゲームを次々と産みだし世界中でヒットを重ねても「アイデアが枯渇している」と指摘する人がいるわけです。次の岩田さんのコメントはとても当を得た回答になっていると思いました。
すべての数字で過去最高ですという業績を発表した席で、「御社はアイデアが枯渇しているんじゃないか」と言われる会社は、世界中で任天堂ぐらいではないかと思うんです。
2009年3月期 決算説明会 質疑応答