任天堂も他のゲーム会社も立っているステージや戦略に違いはない

以下のエントリがはてブで注目されていたので、読んで思ったことを書いてみます。

このエントリのタイトルを説明していると考えられる部分が以下ですが、肝心の任天堂の立っているステージや戦略については岩田さんの結構長めの引用を指して、「このような考え方」ですませてしまっているので、はっきりしません。

このような考え方ができるのは、任天堂が巨大な社内留保を備えており、資本的に全く問題がない状況だからこそなわけですが、しかし全く任天堂が他のゲーム会社とは異なるスパン、異なる感覚でビジネスを展開していることがわかります。

やはり任天堂は立っているステージ、戦略のルールが違いすぎる - FutureInsight.info

任天堂が巨大な社内留保を備えており、資本的に全く問題がない状況」というのは任天堂の特徴の一つですが、資本的に余裕があるからといって任天堂のような考え方が出来る訳ではありません。実際には余裕があればあるほど過去の成功体験に基づいて、より保守的な路線を選択するのが普通だと思います。前世代の覇者SCEは実際、そうでした。その結果が以下です。

スラドの記事によれば、

ゲーム機用MPU工場 東芝に1000億円で売却
(中略)
今まで自前でセルを調達するためにソニーは約2000億円を投じた
(中略)
5000億円ともいわれる開発コスト

PS2での成功と巨額の資本を背景に、壮大とも思えるような長期的な戦略に基づいて数千億円規模の投資を行いましたが、期待通りの結果にならず、工場は東芝に売却してしまいました。どれだけお金があっても使ってしまうのは簡単です。


スクエニドラクエとFFの本編と外伝ばかりを作っている印象がありますが、任天堂もマリオとポケモンの本編と外伝を作り続けています。発売間隔は、ドラクエ8から9までが約5年、FF12から13までが約4年弱(予定通り13が発売されれば)、New スーパーマリオブラザーズはDS版からWii版までが約3.5年とどれもほぼ同じくらいの開発期間です。ポケモンは複数シリーズあり一概に開発期間を言うことは難しいですが、数年間はかけています。要はネームバリューのある大作ソフトを数年間隔でリリースして確実にヒットさせて、そのヒットにあやかった派生タイトルや外伝を開発して全体での売上を伸ばすという戦略に任天堂も他のゲーム会社も違いはありません。カプコンにおけるスト2系、バイオ、モンハンも同じです。


任天堂と他のゲーム会社との大きな違いは、企業文化だと思います。任天堂の中の人は、なぜ任天堂Wiiリモコンというこれまでにないゲームコントローラを開発できたのかという理由について、次のように語っています。

芦田:……任天堂だからじゃないですか?
岩田:それは、答えになってない(笑)。
一同:(笑)
竹田:「任天堂だから」というのを違う言い方をすると、
任天堂というのは、人と違うことをすると
みんながほめてくれる会社なんですよ。
人と違うことをしようとしたことに対して、
いろんな人がいろんな形で応援してくれて、
ハードルを乗り越える手伝いをしてもらえる会社だと思うんです。
それが今回のWiiのチャレンジを可能にしたのかなと思いますね。

第1回「両手で持つことすら、リセットしてもいい」: 社長が訊くWiiプロジェクト

これを自分は「任天堂は人と違うことをするとほめてくれる企業文化を持つ会社」なんだと解釈していて、この点がゲーム会社を含む他の会社と違う任天堂の特徴だと考えています。
そんなのはどの会社でもすぐに真似できると思う人もいると思いますが、企業文化を変えるのは不可能に近いぐらい難しいです。何もしないでいたら、悪い方へ変わっていくかも知れませんが、決して良くなることはありません。


以前、ソニー会長のストリンガーさんが2008年初めに以下のようにコメントされていました。

ハードウェアの方はコモディティ化がどんどん進んでいる訳で、ハードウェアエンジニアももっともっと先に進んでいかなければならない、どんどん進化してよりサプリケート(?)されて行かなければならない。一方、ソフトウェアのエンジニアも、そういった人々と一生懸命働かなければと、かつてはサイロがあったりなかなか両者の協力が難しかった訳ですが、そのサイロがどんどん外されている、なくなっています。

ソニー2008年度業績見通し修正でのストリンガー会長のコメント - うつせみ日記 (Utsusemi Nikki)

これまでは、ソフトとハードの開発者の間に壁があって協力できていなかったようです。同じ会社なのですから、お互いの行き来が制限されている訳ではないでしょうし、電話やメールに普通に使えるでしょうからコミュニケーションの手段はいくらでもあったはずです。でも、心理的な「壁」がコミュニケーションを阻んでいたんだと思われます。これも良くない例ですが企業文化でしょう。こういう文化は一朝一夕に変えることはできません。


任天堂の競争力(2009/11/09追記)

任天堂が自社の競争力をどのように認識しているかについて、決算説明会から引用してみます。
以下は2008年10月の宮本さんのコメントです。

僕がソフトメーカーさんにもお勧めしたいのは、技術が一通り揃ってきますと、同じものができてきますので、同じものができてくる中で、それぞれの個性をどういうふうに出すかということです。やっぱり、「誰がつくっているか」ということが非常に重要な課題になってきます。組織の中でもやっぱり個性を活かしたものづくり、マネジメントもそれをちゃんと大事にする時代になっているということをもう一度認識する必要があると思います。それから、もう一つはその企業の個性というか、その企業らしいものをつくるという、何でもかんでもつくるわけにはいかないですから、そういう中で社内の文化をどう根づかせるかとか、そのあたりの啓蒙が非常に必要かと思います。

2008年10月31日(金)経営方針説明会/第2四半期(中間)決算説明会 質疑応答

「技術が一通り揃ってきますと、同じものができてきますので」の部分は従来型のパッケージソフトだけでなく、PCやモバイルの無料/有料ゲームが典型的な例になると思います。ゲーム開発、販売環境の敷居が大きく下がって、昔と比べるととても簡単に、低価格なサービスとしてゲームを提供できるのでゲーム業界がレッドオーシャン化しているように見えます。そんな環境に対して、宮本さんは「企業の個性」や「社内の文化」が重要だと言っています。


また、続けて、ハードを見ている竹田さんは次のようにコメントしてます。

任天堂の国際競争力はどこにあるかという質問なのですけど、一つは左にいる宮本という、いわゆるコンテンツをつくっている部隊と、われわれプラットフォームをつくっている部隊が同じ会社の中にあるというのは、任天堂の一つの大きな強みだと思います。

2008年10月31日(金)経営方針説明会/第2四半期(中間)決算説明会 質疑応答

ちょっと時間が前後しますが、2007年10月には以下のコメントもしていました。

任天堂の場合は「それを実際使ってみてどうなのか」ということが問われるので、「本当に嘘をつかない技術屋さん」が評価される文化があるんです。そういう意味ではやはりハード・ソフトが同じ会社の中に存在していて、お客さんという目線をちゃんと捕らえながらやっているという伝統的な任天堂のDNAじゃないかなと思います。

経営方針説明会・2008年3月期 中間決算説明会 質疑応答

ハード・ソフトがお客さん目線を捕らえながら開発するのが任天堂のDNAだそうです。上記でストリンガーさんが取り組んでいるソフトとハードの壁を取り除くの話をしましたが、任天堂は以前からソフトとハードの両方の技術を持っていることの強みを活かした製品を販売してきました。最近だとポケモン歩数計が良い例です。この例の場合、単に面白いだけでなく海賊版という思わぬ副作用も指摘されています。こういう製品はソフト専業メーカーでは開発できないものです。


さらに岩田さんは2008年10月に同じ質問に対して次のようにコメントしています。

今日ここに並んでいる6人は山内溥という人の教え子です。山内溥という人は、何にこだわっていたか。「娯楽はよそと同じが一番あかん。」で、とにかく何をつくって持っていっても、「それはよそのとどう違うんだ」と聞かれるわけです。「いや、違わないけど、ちょっといいんです」というのは一番だめな答えで、それではものすごく怒られるわけです。それがいかに娯楽にとって愚かなことかということを、徹底していたんですね。で、そういう意味では、「よそと違うことをしなさい」ということは、われわれのDNAの中に深く刻まれています。だから、競争力というのは「人がやらなさそうな、人と違う軸で、かつ多くの人が魅力を感じることは何かということを必死で探すこと」じゃないかなと思います。

2008年10月31日(金)経営方針説明会/第2四半期(中間)決算説明会 質疑応答

任天堂の競争力は、「人がやらなさそうな、人と違う軸で、かつ多くの人が魅力を感じることは何かということを必死で探すこと」だそうです。


ただ、これは任天堂の専売特許ではなく、けっこう良く聞く話だったりもします。たとえば、カシオには「創造憲章」というものがあり管理職はそれに署名して手元に置いているそうです。

中山氏 ん〜〜〜。「創造憲章」でしょうか。当社のもともとの経営理念をかみ砕いたもので,管理職は創造憲章に対する誓約書に署名し,手元に置いています。その第1章にはこう書かれています。「私たちは,独創性を大切にし,普遍性のある必要を創造します」。

 普遍性のある必要を創造という言葉はなかなか難しくて,こう解説されています。「誰にとっても必要でありながら,まだ世の中になかったものを,新たに生み出すこと。これは製品開発のみならず,すべての業務においてカシオが追求すべきものです」。

「誰にとっても必要でありながら,まだ世の中になかったものを,新たに生み出すこと。」というのは表現が違うだけで内容は岩田さんが言っていたこととほとんど同じに見えます。
ただ、「言うは易く行うは難し」で実際に実行できるかどうかが重要で、会社の組織全体でどれだけそれを実現できるかが問われる訳です。そしてそれが「企業文化」と呼ばれることになります。
ちなみにソニーの前身である東京通信工業株式会社の会社設立趣意書は「自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」でした。(2009/11/09)追記。

このエントリを書いた理由(2009/11/09追記)

なぜこのエントリを書こうと思ったのかを書いておこうと思います。自分だけかも知れませんが、冒頭のエントリを読んで任天堂という会社は、普通の会社とは次元の違う特別な存在で、到底、真似の出来ない会社のような印象を持ちました。でも、実際には日本にある普通(?)の株式会社で、たぶんそこでは普通のサラリーマンが働いているんだと思います。以前、テレビでGoogleのオフィスを見たことがありますが、自分の個室を社員が自由に飾り、広々と使う様子は明らかに日本の一般的な会社とは違っていました。でも、任天堂はずっとずっと日本の一般的な会社に近い気がします。社長が訊くでの写真を見ると社員の方は作業服を着てますし。案外、日本の平均的な会社(?)と比べても古い社風の会社のような気もします。そんな古風にすら感じる老舗の普通の会社が、AppleGoogleを抑えて「世界のベストカンパニー2009」の1位に選ばれたりするから、そのギャップが面白いと思う訳です。


これに近い感覚を以前にも感じたことがありました。Xbox360向けレーシングゲームForza2痛車ブームを見た時です。

  • (たぶん)想像すらしていなかった使い方


自分の車に自由にペイントしたいというのは自然な発想だと思いますし、そういうニーズを満たすために、このペイント機能が作られたんだと思います。ただ、この機能はレイヤー数は最大1000枚とスペックは高いですが、使える図形は限られています。まさか、あんなにたくさんのアニメのキャラクタが描かれるとは開発者も想像していなかったのではないでしょうか。もし、このペイント機能が外部からのキャプチャが可能な仕様だったらこんなにも話題にならなかったと思いますし、自分も興味を持たなかったと思います。単なる記号を組み合わせることで想像もしていなかったような結果を生み出すことに、創造性や価値、情熱を感じることが出来ます。


ゲームソフトは実際とても単純な仕組みでできています。基本は音と映像、そしてインタラクティブ性です。そんな単純な仕組みの中で、任天堂は単純さを組み合わせることで、想像もしていなかったようなソフトを作っています。他社がHD画質や高性能へ突き進んでも、まだやれることはいくらでもあるとばかりにSD画質に留まり、人々を驚かせ続ける任天堂の姿は、単純な記号しか使えないという制限の中で美麗な絵を描き続ける痛車職人に重なって見えます。