未来はまだ決まっていない

正規の手続きを踏んでいないコンテンツのダウンロードを違法化したときの影響についてid:NOV1975さんは、

結論から言うと、あまり変わらないと思う。逆に言うと、変わらないのだ。

ダウンロードが違法化されるとインターネットは変わるか - novtan別館

と言われていますが、全くその通りだと思います。

このエントリを読んで思い出した話があるので引用してみます。

1865年にイギリスで赤旗法が施行された。当時普及しはじめた蒸気自動車は、道路を傷め馬を驚かすと敵対視されており、住民の圧力によってこれを規制する赤旗法が成立した。この法律により、蒸気自動車は郊外では4マイル(6.4km)/h、市内では2マイル(3.2km)/hに速度を制限され、人や動物に警告する為に、赤い旗を持った歩行者が先導しなければならなくなった。

自動車 - Wikipedia

18世紀に産業革命によりいち早く工業化を進めていたイギリスは自動車(蒸気)でも他国を先行しており、1827年ごろには定期バスが普及し都市内外で広く使われていたそうです。
ところがこの自動車先進国で"自動車は赤い旗を持った人が先導しなければならない”という今から考えれば信じられないような法律ができてしまいました。2マイル(3.2km)/hという制限速度は、徒歩(約4km/h)よりも遅い速度です。
その結果、イギリスは自動車開発競争に取り残され、この赤旗法の施行期間中にドイツでガソリンエンジンが発明されました。

ドイツの“カール・ベンツ”博士が、「ガスエンジン(内燃機関)駆動による乗り物」として初めて実用化したのが最初で、現在に通じるガソリンエンジン搭載の車の起源となった。
特許認定は、1886年1月29日、ドイツ国内での認定が最初で、さらに同年、フランス国内での特許の認定も受けている。

2005LondonBrightonVeteranCarRun1

1896年の「モーターリスト開放の日」までイギリスは自動車産業から取り残される事となった。

2005LondonBrightonVeteranCarRun1

この愚かとしか思えない法律ができた理由についてはWikipediaには

道路を傷め馬を驚かすと敵対視されており、住民の圧力によってこれを規制する赤旗法が成立した。

自動車 - Wikipedia

と書かれています。しかし何十年も前から定期バスが運行してたのですから多くの住民もバスを利用していたと考えられます。住民達が本当にこんな法律を望んだとは思えません。
当時、馬は主要な動力でした。戦争、移動、荷物の搬送などあらゆる場所で使われていました。現代社会を維持するのに自動車が欠かせないように、当時は馬が社会を維持するのに欠かせない存在だったと考えられます。また、自動車は膨大な数の部品やインフラなどを必要とするため、多くの人たちの関与無しには存在し得ません。当時の馬産業も多くの人に支えられ、また、人々の生活を支えていたと思われます。
この馬産業の人たちの目の前に、突如、強力なライバルが現れ、客を奪っていったのです。たぶん、何か手を打たないと商売を続けられないと考えたのではないでしょうか。
表向きは道路が傷むとか馬を驚かすなど住民の立場を尊重するふりをし、人より遅い速度に制限させることで、馬車の優位を維持しようとしたとしか思えません。表だって自動車を禁止することはさすがにできなかったので、自動車に対する住民が不満をうまく利用して自動車を事実上役立たずにしたように思えます。

この赤旗法の話を引用したのは、

という対応関係が成り立つように思えたからです。
赤旗法から得られる教訓は、新しい技術に過剰反応して技術の芽を摘んでしまわないことです。まさにインターネット技術に対して同じ事を繰り返そうとしているように見えます。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)のP.19にはインターネットの可能性の本質として次のように書かれています。

インターネットの真の意味は、不特定多数無限大の人々とのつながりを持つためのコストがほぼゼロになったということである。

違法コンテンツのダウンロードを禁止するダウンロード禁止法はインターネット利用者を"容疑者予備軍"にしてしまいます。これでは技術的なコストがほぼゼロだとしても精神的なコストが上がってしまい、インターネットのメリットが失われてしまいます。
ネット上のコンテンツが違法か合法かを明確に区別することはできず、視聴(キャッシュ)とダウンロードの区別もまたできません。これでは、確実に違法なことをしない方法は、インターネットを使用しないことになってしまいます。

日本の著作権法が日本企業の足をひっぱっている認識があるのなら、情報大航海プロジェクトような国家プロジェクトにお金を使うのではなく、ダウンロード禁止法のような百害あって一利なしの法律を止めた方がよっぽど日本にとってメリットがあるように思います。
たぶん、こんな法律を作ったら赤旗法と同様に後の世の人の笑いものになるでしょう。笑いものになるくらいならガマンできないこともないですが、IT産業に与えるダメージは取り返しが付きません。自動車開発でトップにいたイギリスは赤旗法以降、トップに返り咲いたことはありません。同じ事を日本でも繰り返してはいけないと思います。
赤旗法とダウンロード禁止法のもっとも大きな違いは、片方は過去のことで絶対に変えることができないのに対し、もう片方はまだ決まっていない、つまり変えることができるということです。


なお、今回の記事でもう一つ言いたいことがあります。
このダウンロード禁止法は作品を観たり聞いたりした人を容疑者扱いする法律です。創作者は様々な想いを込めて作品を創っていると思います。良い作品であればたくさんの人が観たり聴いたりして、感動したり心を揺り動かされたりすると思います。どうしたら、それらの人たちを容疑者扱いするなんてことが思いつくのでしょうか。
現行の著作権法でも著作者に無断で作品を配布するのを取り締まることは可能です。それにも関わらず、作品の読者や視聴者を容疑者扱いしてまで、利益を伸ばそうという神経が分かりません。