任天堂の言う「ゲーム人口拡大」の正体

昔から任天堂の言っている「ゲーム人口の拡大」という言葉がどうも胡散臭くて嫌いだった。脳トレWii Fitのような明らかにゲームとは言えないようなタイトルを「ゲーム」と呼び、それが従来ゲームをしてこなかった人たちに売れているからという理由で「ゲーム人口は拡大している」と言う。ゲームではないモノがゲームをやらない人に売れても、ゲーム人口が拡大したことにはならない。それを「ゲーム人口の拡大」というのは、詭弁ではないだろうか。ただ、「じゃあ、この現象は何なのか」と考えると、うまく説明できない。実際、非常識なほど売れ続けているのだから。否定もできないし、そのまま受け入れることもできない。だから、この言葉を聞くと気持ち悪感じていた。

それで、前回のエントリを書いたのだが、書いてから自分なりに納得できる答えが見つかった気がする。この「ゲーム人口の拡大」というのは、「ウォークマン商法」と同じなんだと思う。
1979年にソニーから販売されたウォークマンは世界的な大ヒットとなった。ヒットの要因は、それまで音楽は屋内で聴くものという常識を変え「場所を選ばず、いつでもどこでも音楽を聴くことのできる製品」というコンセプトが多くの人に受け入れられたからだと思う。今では屋外でイヤフォンやヘッドフォンを使って音楽を聞くというのは当たり前のことだが、ウォークマンの登場前はそんな製品はなかったし、当然、そんなことをしている人もいなかっただろう。ソニーは、いつでもどこでも音楽を聴いて楽しむという新しい価値観の提案と、携帯型ボイスレコーダーから録音機能を省いてステレオ再生を可能にした製品、そしてTVコマーシャルという効果的な宣伝によって、ウォークマンを大ヒットさせた。このやり方、考え方は、任天堂の「ゲーム人口の拡大」と共通している。
脳トレは脳を鍛えるという新しい価値観を提案し、ゲーム機を流用して製品を提供、効果的なTV CMで宣伝している。Wii Fitも、体重計とフィットネス、生活管理という組み合わせで新しい価値観を提案しているし、それをゲーム機の流用と新しい周辺機器を組み合わせて製品化、やはり大量のTV CMを使って宣伝している。ウォークマンを生み出したソニーや他の会社は、既存の製品を改良することは何度も行っているが、一番のポイントと考えられる「従来にない新しい価値観の提案」をしているようには見えない。ウォークマンもカセットテープからCD、MD、メモリと記憶媒体は変わっているが、逆に言うとそれしか変わっていない。


最近は任天堂以外のゲーム会社も「ゲーム人口の拡大」に注力していると言っている。

ゲーム作りで大事なのは、インターフェースである。
ゲーム人口は大きく拡大している。ゲームをやったことがない人が新しいことを覚えるのは大変だ。
これまでは普段からゲームで遊んでいる人を対象に作るケースが多かったが、
今後は複雑で高性能なものは機能を落として、分かりやすいものにしていく必要がある。

『任天堂の独走許さない』ソニーのゲーム戦略→平井「PS3で天気や交通情報」吉田「誰でも簡単に遊べるゲーム」

上記はソニーの吉田修平ワールドワイド・スタジオ・プレジデントのインタビュー記事からの引用。

また、SQUARE ENIXは実用ソフト路線として「DS:Styleシリーズ」を販売している。

上記は、いずれも普段ゲームをしない人を意識したコメントやタイトルだとは思うが、任天堂の言う「ゲーム人口の拡大」とは根本的に違っている。任天堂のヒットタイトルには常に新しい価値観の提案が含まれている。単にハウツー本をゲーム化するようなことではなく、今までに無い価値観を提供する製品によって、その結果として「ゲーム人口」を増やしているように見える。


最近、興味深いと思ったタイトルが10月23日発売予定の「わがままファッション ガールズモード」。

わがままファッション ガールズモード

わがままファッション ガールズモード

最初、任天堂らしくないタイトルだと思ったが「社長が訊く『わがままファッション ガールズモード』」を読んで納得。

自分の遊ぶゲームのなかに、ファッションをテーマにしたものはなくって、どこかで自分が満たされないような気持ちがあった。

http://touch-ds.jp/mfs/st98/interview1.html

こういう発想でゲームを作るのが任天堂らしさに繋がっている気がする。このゲームのポイントは「着せ替え」「経営」だが、同じようなゲームとして「That'sQT」が今年すでに発売されている。しかし、ゲーム画面を見る限り「That'sQT」と「ガールズモード」は全くの別ジャンルと言っていいくらいの違いがある。「That'sQT」は男性と女性の着せ替えができるが、「ガールズモード」は女性の着せ替えしかできない。しかし、「社長が訊く」の記事を読むといかにも女児向けな「ガールズモード」が実は本格的な作り込みによって女性はもちろん男性でも楽しめるようになっているのが伝わってくる。たぶん、これが任天堂の言う「ゲーム人口の拡大」なんだと思う。Amazonのレビューを読むと「That'sQT」も面白いらしい。)


しかし、「ガールズモード」のように良い意味で任天堂らしくないジャンルのタイトルを出してくると、サードパーティはますます厳しくなると思う。セガからオシャレ魔女 ラブandベリー ~DSコレクション~ (オシャレまほうカードリーダー同梱)という同じジャンル向けと考えられるタイトルが発売されていて、vgchartzによると100万本の売り上げとなっている。「ラブandベリー」の方は筐体機のブームやカードとの連携が特徴となっているが、売上的にどういう違いがでるのだろうか。また、任天堂の「ガールズモード」の方が従来視点のゲーム性が低く、ファッションセンスを磨くという実用ソフト的な傾向が強くなっていることも興味深い。

追記(2008/10/20)

結局、「ゲーム人口の拡大」という言葉の胡散臭さは、羊の皮を被ったオオカミに似ている気がする。任天堂は様々な機能を提供する製品を「ゲーム」として売ることで、十分に効果が得られない場合でもゲームだからと言う理由で納得して貰い、役立った場合はゲームなのにスゴイという評価を貰うことができる。新しい価値観というのもポイントで、その価値を単純に比較する製品やサービスがないので人は客観的な評価ができず、どうしても使った印象で判断してしまう。そして、表向きはゲームという建前なので甘い評価を得やすい。
PS3も同じゲーム機だが、既に製品として確立しているAV機と競合しているので、高い評価が得られないことが決まっている。専用機であるAV機と同じことができても当たり前とか認識されず、劣る点があれば非難の対象となる。それでいてコストはゲーム機並を求められる。
数年前まで(今でも?)、リビングを制するのはPCかゲーム機かという話があったが、そんな夢物語を語っている間に、生活時間の多くを任天堂の製品に依存しているということにならないか心配になってくる。