Googleがアサヒる未来は来るだろうか

昨日のワールドビジネスサテライトWBS)は面白かった。一つ目は「格安PC どこまで安く?」というタイトルで、ネットブックを代表とする格安PCが安いだけでなくデザインでの競争が起きているという話題。もう一つは「新IT革命「クラウド」」というタイトルで、Googleのサービスを利用することで中小企業がかつては資本力のある大企業しか提供できなかったようなサービスをユーザに提供したり、個人が利用できるようになったという話題。この話を聞いて、Googleと新聞社のビジネスモデルが、瓜二つと思えるほど似通っていることに気がついた。

まず、Googleも新聞社のどちらもマス(大衆)に対してサービスを提供している。そして、新聞が識字率の向上した社会で普及したようにGoogleは誰もがPCとネットワークを使えるようになった社会で普及する。また、スポンサーからの広告収入とユーザー(Googleの場合はビジネスユーザー)からの使用料で会社を経営している。唯一、決定的に違うのは、ユーザーに提供するサービスの種類。GoogleはディスクスペースやCPUパワーといったコンピューターリソースとそこで動くアプリケーションを提供している。検索エンジンもそれらのアプリケーションの一つに過ぎない。一方、新聞社は情報を提供している。

たぶん、Googleは技術系の企業で新聞社はマスコミなのだから、比べること自体に意味がないと思う人もいるだろう。しかし、新聞社もかつては最新技術で競い合っていた時代もあった。

日本新聞通史』(新泉社)では、この朝日の輪転機による印刷体制の導入を、つぎのように評価している。

「従来の平盤ロール機は、一時間に四ページ新聞千五百枚の印刷能力しかなかったのに、朝日のこの二枚がけ機は『八ページ掛にて実際は三万部印刷』(十一月二十日社告)だったので、能力は二十倍、まさに新聞印刷上の革命であった」

(中略)

輪転機による日本の新聞の高速印刷体制の最初が、朝日のマリノニ採用である。『朝日新聞の九十年』の表現によれば、本家の大阪朝日は「最も大衆に親しまれていた絵入り新聞としてスタートを切った」のだが、創業一一年にして、マリノニで印刷する議会「傍聴筆記」を付録として読者拡大を狙うという戦術で、全国的な総合紙のトップクラスに踊りでたのである。

(3-1)第三章 屈辱の誓いに変質した「不偏不党」

テレビもラジオもなかった時代。そういう時代だからこそ、人々の情報に対するニーズはとても高かっただろうと推測できる。こういった背景で競争力を発揮できる物は何かといえば、「より最新の情報をより多くの人々に」だろう。技術的な優位を紙面にうまく反映させ、他社に真似のできないコンテンツを提供することに成功した朝日新聞は「全国的な総合紙のトップクラス」になったそうだ。
それから時代は変わり現代。最速クラスの新聞用輪転機は、毎時10数万部から20万部の印刷能力があるそうだ。印刷能力に不足がなくなり、差別化ポイントなくなった各新聞社はユーザーから見てどれも似たり寄ったりの内容になってしまった。

「新聞業界の目線からすると、概ね全国紙各紙の紙面構成は共通している以上、そこで特徴のある紙面を構成しようとすると、スクープか論調(思想)しかあえりえないことになる。ただ、そうそう日々スクープ記事など書けるはずもなく、定常的にその新聞のその新聞らしさを発揮するためには、編集方針として特定の主義主張に基づいた論調で記事を編集することで、他紙にはない紙面づくりができるとされる。しかしその新聞業界側が他紙との差別化として価値があると考えている「論調」は、読者からすれば興味がない。」

情報革命バブルの崩壊 - 情報考学 Passion For The Future

上記は切込隊長こと山本一郎氏の著書情報革命バブルの崩壊 (文春新書)を引用したエントリからの孫引用。現在の新聞業界の評価として適切な内容だと思う。別に新聞社を非難する気はない。新聞社で働く人は、記事を集め、編集し、各家庭に届けるために、24時間365日休みなく働き続けているのかもしれない。でも、それって、今なら共同通信社のネタをメルマガで配信したりWEBで配信すれば、誰にでもできるんじゃないだろうか。新聞社の競争の源泉が印刷機に代表される日本の各家庭に新聞を配布するシステムで、コンテンツに目に見える差がないのであれば、極論すれば記者は必要ないんじゃないだろうか。たとえば、テレビ局からコンテンツを配信しする放送機器を取ったら何も残らないが、芸能リポーターを取ってもいくらでも代わりはいるし作れる。ホリエモンは以前、記者は金で雇えばいいというようなことを言っていたし。新聞社の価値が紙面を全国に配布するシステムであるなら、ITが普及し情報の複製配布コストがほぼゼロになった世の中では、やっていけなくなる。

そういったITの普及した社会でGoogleはコンピューターリソースを広告モデルで提供する。広告モデルであるが故に、よりユーザー数を増やすことが企業の収益に繋がる。かつて各新聞社が販売部数で競ったようにクラウドを提供する企業も熾烈な競争を繰り広げることになると思う。クラウドを提供する企業として、GoogleMicrosoftなどがすぐに思い浮かぶが、ネット上の大規模なコンピュータリソースを使ったシステムをクラウドと呼ぶならニコニコ動画なんかも含まれると思う。ニコニコ動画はまだ赤字だそうだが、「生放送」のようなアプリケーションは競争力が高いと思うし、今の設備と技術を活かしてもっといろいろなことができると思う。

この新聞の例との比較で気がかりに思うのは、Googleにとって本当の顧客はユーザーではなくスポンサーであるということ。たぶん、まだまだ先のことだろうが、将来、コンピュータリソースが社会に溢れ、クラウドを提供する企業間に差がなくなった時、これまでに得た情報を自らの保身のために使い始めるのではないかという嫌な予感がする。