本のマルチプラットフォーム化

前置き

本の出版には長い時間と多くの費用がかかります。江戸時代以前の本の制作は版木による木版印刷により行われていたため一冊の本の出版だけでも大変な時間と費用が必要でした。そのため、版木の製作コストを負担した版元が出版に関する権利を持つと考えられていたようです。ところが、明治8年に「出版條例」の改正によって出版の権利者が著作者と規定されたことと、同時期の金属活字の導入による版木の価値の暴落により、「版木ルール」が崩壊したため出版業界は大混乱になったそうです。(Wikipediaより)

それでもやはり出版には時間と費用、つまり先行投資という名のリスクがあり、リスクを負担した者には相応の権利も与えられなければなりません。もしそうでなければ、業界は成立しないでしょう。現在の本の出版は、出版権を与えられた出版社のみが独占的に行なっており、他の出版社は同じ本を出版することができません。本を出版する資金や手段を持たない著者と著書はないが出版する資金や設備を持つ出版社の関係は、お互いにメリットのあるWin-Winの関係だと思います。

電子ブックと紙の本の違い

ここからが本題ですが、英語限定だったKindle(キンドル)プラットフォームがフランス語、ドイツ語に対応したそうです。また、今後、数カ月以内に他の言語もサポート予定だと宣言しています。

今後数カ月のうちに、さらにDTPで扱える言語の選択肢を増やすという。

http://trans-aid.jp/viewer/?id=8484&lang=ja

ところで、電子ブックと紙の本との一番の違いは何でしょうか。私は外観上の違いよりも、そのビジネスモデルの違いが大きいと思っています。専用リーダーが必要な電子ブックは、やはり専用の端末が必要なゲームに似ています。そのため、どちらも「端末の質」、「普及率」、「コンテンツ」がうまく絡みあって正のスパイラルでいずれの要素も向上していくことが望まれます。うまくいかない場合には、端末の質が悪い→普及しない→コンテンツが集まらないという悪循環に陥ってしまいます。そして、プラットフォーム提供者が配信リスクを負わないという点でも共通しています。ゲームソフトの配信の主流は今でもパッケージ販売です。それらの開発および複製コストは著作権を持っているサードパーティが支払っているため、プラットフォームを提供しているファーストパーティはリスクを負わずにゲームソフトの配信が可能です。そのため、どのプラットフォームにゲームソフトを配信するかはリスクを負っているサードパーティに決定権があります。たとえば、先月、発売されたファイナルファンタジーXIIIFF13)は日本ではPS3専用ですが、米国ではPS3Xbox360の両方で発売されることになっています。

使われない出版権

講談社野間省伸(よしのぶ)副社長は「経済産業省などと話し合い、デジタル化で出版社が作品の二次利用ができる権利を、著作者とともに法的に持てるようにしたい」との考えだ。新潮社の佐藤隆信社長は「出版社の考えが反映できる場を持つことで国内市場をきちんと運営できる」と語る。

asahi.com(朝日新聞社):電子書籍化へ出版社が大同団結 国内市場の主導権狙い - 文化

国内出版社としては、紙の出版権とデジタル化の出版権、つまりは独占権を持てるようにしたいという意向のようです。「国内市場をきちんと運営できる」というのは、主語を国内出版社と置いてみれば、非常に納得できます。この記事で良い意味で以外だったのは、現行法上、紙とデジタルで出版権が分かれていたことでした。ただ、もし、出版社の希望通りになれば、音楽業界と同じような状況になるかもしれません。一般の楽曲販売の場合、原版権を持つレコード会社に楽曲販売の決定権があるため歌手側は何もいうことができません。今後、電子ブック市場がどうなるかは、既存の著作者たちの行動にかかっているのだと思います。

言ってしまえば「増刷するかしないかは出版社が決めるが、その間他社から出すのはダメ」という契約が出版権契約なのだ。増刷・重版をしないなら自動的に契約解除、的な契約ならまだしも。

紙の本の出版権とデジタル化権の抱き合わせには反対[絵文録ことのは]2010/01/14

出版権は独占的な販売を認める法律のため、さまざまな義務も課せられています。その一つが著作権法第81条です。

第81条 二  当該著作物を慣行に従い継続して出版する義務

http://deneb.nime.ac.jp/cgi-bin/lawview.cgi?n=A428

そして義務を果たしていない場合の処置も著作権法で定められています。

2 出版権者が第81条第2号の義務に違反した場合において、複製権者が三月以上の期間を定めてその履行を催告したにもかかわらず、その期間内にその履行がされないときは、複製権者は、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができる。

http://deneb.nime.ac.jp/cgi-bin/lawview.cgi?n=A431

もし出版社の増刷対応に不満なのであれば、出版権を消滅させれば良いだけだと思うのですが、なぜ次のような提案をブログで書かれているか不思議です。

出版権に関する契約は、増刷がなくなってから2年で自動的に解除とする。(増刷もないのに出版権だけ永続する状況を解除する)

紙の本の出版権とデジタル化権の抱き合わせには反対[絵文録ことのは]2010/01/14

もし、そういう法律があることを知らなかったということであれば、出版業界も音楽業界と同じ道を辿るような気がして心配です。

本のマルチプラットフォーム

出版に関する契約「出版契約」には上記の「出版権」以外に「出版許諾契約」というのがあります。これは著作者と出版社の間だけで効力が生じる契約なので、出版権のような独占権はありません。紙の本には投資が必要なため、それに見合う独占的な権利として「出版権」が必要でしたが、電子ブックのように個々の作品のごとの負担が低いビジネスモデルの場合は、「出版許諾契約」が妥当だと思います。
紙の本の印税は多くても10%だそうですが、Kindleは35%だそうです。また、Kindleは本の価格も著者が設定できます。このページから"Amazon DTP Quickstart Guide"という名前のpdfをダウンロードしてざっと流し読みしてみましたが、ブログの写真アップロードのような感じに見えました。その一項目としてList Priceが並んでいます。

もし著作者が著作物の権利を維持することができたなら、電子ブック業界も、ゲーム機業界と同じように各プラットフォームが競争しあうことになり電子ブック戦争が起きるかもしれません。大きなセールスが期待できる続編タイトル、例えばハリー・ポッターの奪い合いやマルチタイトル化も起きるでしょう。または、任天堂のように独自タイトルで競争力を発揮するかもしれません。しかし、出版社が二次利用にまで権利を持つことになれば、電子ブック業界もガラパゴスと言われるような状況になってしまうと思います。


備考

横井軍平ゲーム館

横井軍平ゲーム館

この本を読んでみたいのですが、なんとか普通の値段で手に入れられないでしょうか・・・。電子ブックが普及して実質絶版となってしまっている本がなくなることを希望します。