紙の本と電子書籍は、テレビとニコニコ動画くらい違うのでは?

今年は各メディアで「電子書籍元年」と呼ばれることが多かったと思います。

しかし、会社でも自宅でも紙よりもディスプレイの文字を読む時間の方が長いと感じている身からすると非常に違和感があります。電子メール、パワーポイント、エクセル、ウェブ。電子の文字は既に日常に溢れています。数年前には携帯小説ブームもありました。
今年になってバタバタと色々なことを始めたり、大騒ぎを始めるのはKindleiPadが日本でも使えるようになってきたからではと勘ぐってしまいます。日本でも電子ブックリーダーとしてシグマブックを2003年に、その後継としてカラー表示対応版を2006年に出荷していますが、いずれも失敗しています。それらで失敗した理由をどう理解し、どう対策していこうとしているのか聞いてみたいものです。

動画配信サービスとしてのテレビとニコニコ動画

印刷会社や出版社がつぎつぎと電子書籍ビジネスに参入していくような話を聞くと、とても違和感を感じます。もし電子書籍が紙から別の媒体、たとえばCD-ROMやDVDに変わるのであれば、それは問題なく変更できるでしょう。レコードショップがCDショップに変わった時と同じような感じです。では、電子書籍で何が変わるのかを、テレビとニコニコ動画を例に考えてみます。
テレビもニコニコ動画も無料(ニコニコ動画は有料サービスもありますが)で動画というコンテンツを配信している点で同じです。そして両者の大きな違いは、配信システムの有無です。テレビというハードウェアは、テレビ局から配信される番組を表示するために作られているため、テレビを買って設置して電源を入れれば番組が表示されます。つまり、社会の仕組みとしてテレビ番組を表示する仕組みが出来ているわけです。対して、ニコニコ動画はパソコンを持っていてもニコニコ動画を観ようとしなければ表示されません。だからニコニコ動画知名度とサービスの向上に必死になります。その答えが快適な視聴環境とCGMによるコンテンツの充実なのだと思います。
ところで、もしテレビ番組をネットで無料で観られるようにしたらどうなるでしょう。おそらく、いつでも番組を観ることができるという安心感からテレビとネットを合わせた合計としての視聴率は下がるでしょう。また、なんとなくテレビを観ていた人たちもテレビを観なくなるかも知れません。だから、テレビ局がネットで動画配信しないことは短期的なビジネス観点では正しいと思います。
数年前、放送局の枠にとらわれないオリジナル番組を配信するPodTVというサービスがありましたが、結局、うまくいきませんでした。(2010/9/6追記)

オールドメディアとニューメディアの違い

昔からある新聞や本、ラジオ、テレビといったメディアは、コンテンツの種類はまったく違うのにボトルネックで利益を出すという点で共通しています。新聞社の数は限られ、新刊として店頭で売られる本の数も限られ、ラジオやテレビの放送局の数も限られています。だから「当たり」を絞って商品として販売します。
しかし、ネットでは基本的にボトルネックがありません。つまりほぼ無制限にコンテンツを掲載できます。そして重要な点は、作者はコンテンツ提供者であると同時に熱心な視聴者でもあります。優れたコンテンツを生み出す最良の方法は、観客と作者たちを集めて競争させることです。さらに作者同士の相乗効果で、更にコンテツの質を高める効果も期待できます。ニコニコ動画では実際にそれを実感できる現象が起きています。

人の声に近い音を出すソフトウェアとして発売されたVocaloidシリーズから初見ミクのための3DモデリングツールとしてMMDが生まれ、さらに発展して汎用3Dモデリングとして使われています。こういった現象はCGMならではの特徴だと思います。ネット前提のメディアに求められるのはこういった建設的な関係が促進されるコミュニティーの形成です。オールドメディアのような強固な基盤を持たないニューメディアは、競争力を維持てきなければすぐに淘汰されてしまうでしょう。

本当の電子書籍

ウェブのフォーマットはHTML5に移行していくと考えれています。HTML5では動画や音声も標準サポートされるそうです。そして、電子書籍デファクトであるePubXHTMLベースのため、やがてHTML5ePub化されると考えるのが自然です。一昔前、「通信と放送の融合」という言葉が話題になりましたが、それになぞらえれば「テレビと本がウェブ上で融合」していくでしょう(2010/9/6追記)。

HTML5電子書籍


将来のEPUBHTML5を採用するだろう
構造化要素のメリット、リッチメディア、動く電子書籍が可能に――IDPF内で議論中
HTML5 (WebKit)を使ったEPUBビューアなどがすでに開発されている
EPUBとは別に、HTML5による電子書籍・電子雑誌の動きも――次世代の出版コンテンツ、カギを握る「HTML5

iPadのAppとして販売されている動く絵本で「Alice in the wonder land」が有名ですが、こういったコンテンツもブログやホームページの文書を書くように簡単に作成できるようになる可能性が高いと思っています。

また、ボカロ曲が販売されているように人気作品は有料で販売されるでしょう。そういうコンテンツが大量に入手できるような時代になったときに、昔ながらの文字と挿絵だけの電子書籍が紙と同じ価格で売れるとは考えにくいです。たぶん、今の規模の出版社や広告費を維持することはできないのではないでしょうか。結局、出版社を頂点とするピラミッド型システムでは、読者や作者の密なコミュニティー(SNS)から生まれるコンテンツに質とコストの両面で対抗できないというのが自分の考えです。
テレビ局はテレビ放送と共に、出版社は紙の本と共に、緩やかに衰退していく可能性が高い気がします。

今後はしばらくSNSブームが続きそう

先日、Appleが音楽SNSサービスPingを始めました。完成度が低いという指摘もあるようですが、iTunesの普及度を考えると、その影響力は圧倒的です。このサービスで著名アーティスとそのファンを囲い込もうとしているように見えます。
そしておそらく、電子書籍でも同じことをしようと考えているのではないでしょうか。AppleHTML5へのこだわりとFlashに対する拒否、ePubサポートを合わせて考えるとそういう結論しか思い浮かびません。
またニコニコ動画も今あるコミュニティーの延長として「ニコニコ文庫」「ニコニコ出版」といったサービスを立ち上げる気がします(2010/9/6追記)。

電子書籍の投稿サイト(2010/9/6追記)

自分が知っている範囲で「電子書籍」の投稿サイトを並べてみました。将来、この中からYouTubeニコニコ動画のような有名サイトが誕生するかも知れません。サービスを提供するためのスキルは一定以上あればあまり重要ではないと思います。実際、デファクトスタンダードの地位を獲得したYouTubeには、Googleの提供するGoogle Videoでさえ対抗できず、結局、Google自身がYouTubeを買収することになりました。

ブクログのパブー」は2010年6月にスタートしたサービスです。誰でも無料で電子書籍を投稿でき、今のところほとんどの書籍を無料で読めます。一部、プロっぽい作品がありますが、多くは「本を書いてみました」的な作品に見えました。全ページ試読できるのに有料(10円)の作品があったので、試しに買ってみました。「おさいぽ」というサービス経由で支払います。

小説家になろうオンライン小説携帯小説を掲載している小説投稿サイト」だそうです。今は「小説掲載数81,116作品。利用者数99,431人。」と表示されており、コンテンツの数は圧倒的な気がします。ちなみにこのサイトは「まおゆう」経由で知りました。

「同人総合ポータルサイト Circle.ms」は同人作品を扱っているサイトなのですが、単に作品の売買だけでなく、サークル間のコミュニケーションにも力を入れているように見えます。こちらのサイトを知ったのは先月にiPad/iPhone向けに無料の電子書籍アプリ「emes -えむえす-」が配信されたことがキッカケでした。このアプリを通じて結構な数の同人誌(エロはないようです・・・)を無料で読めます。あと、品質は一般の商業誌と遜色ないように感じました。ほとんどが漫画のようだったので、iPadを持っていて漫画好きならダウンロードをオススメします。個人的にはSF・ファンタジー系が面白かったです。逆に他のジャンルは元ネタが分からないのでダメでした。
なお、iPhone向けにも配信されていますが、字が小さすぎて読めませんでした。

(2010/09/15追記)
イラスト投稿サイトで有名なPIXIVですが、7月29日から小説投稿サービスも始めていたようです。今まで気付きませんでした。興味本意でランキング1位になっていた短編小説「嘘に「嘘」を吐いたなら」を読んでみたら、想像以上に良い作品でした。とてもオススメです。