ある弱小パソコンメーカーの再起戦略

変な妄想が頭をよぎったので思い出せる範囲で書き残しておこうと思う。

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199x年、某月某日。その男は大きな悩みを抱えていた。昔、コンピューターがまだ企業のものと思われていた時代に男は個人向けパソコンを開発販売する会社を作って成功させた。しかし、その後は紆余曲折を経て、今ではライバル会社の販売するパソコンOSがパソコン市場の100%近く占める状態にまでなっていた。パソコンのOSに限らず、プラットフォーム競争でここまで圧倒的な差がついてしまっては、逆転するのは不可能だ。そして今の少ないシェアでさえ維持することは限りなく難しい。つまり男の悩みとは、どうすれば会社を存続させることができるかということだった。
これまでに、まったく何も手を打たなかった訳ではない。先日販売を開始した斬新なデザインとネーミングの「虹林檎」シリーズの販売は予想以上に好評であり、当面の急場はしのげる目処が立っている。男の会社には複数の優れた開発者がいて、社会的にもデザイン面での評価は高かった。「虹林檎」シリーズのヒットもそれを裏付ける結果を示していた。しかし、どんなに優れた製品を開発してもシェアの差は圧倒的だ。デザインや機能で優れた製品を販売しても、数年でライバル社に真似されてしまうだろう。実際、これまでもそうやってシェアを奪われてきた。
実はもう一つ極秘で進めているプロジェクトがあった。ハードディスクを内蔵した携帯音楽プレーヤーだ。今の携帯音楽プレーヤーはCDの入れ替えが非常に面倒だし、長期間の旅行ではCDを何枚も持ち歩かなければならない。大容量のハードディスクなら何枚ものCDを記録できるので、携帯音楽プレーヤーだけあればいつでも手軽に好きな曲を聴くことができる。今もハードディスクを使った音楽プレーヤーはあるが使い勝手が酷すぎてまともに使えないと男は考えていた。男の会社なら、ユーザーに受け入れられる製品を作れるという自信はあった。しかし、それもパソコンの周辺機器にすぎない。どう考えても、未来の展望が見えてこなかった。未来につながる何かのピースが欠けていた。



ある日、男がいつものように会社のラボを歩いていると、ある物が男の目に止まった。技術者の一人がそれについて説明した。
「それはタブレットタイプのパソコンのプロトタイプです。一般的なタッチパネルとは違ってトラックパッドと同じ方式を使っているのでペンは使えませんが、複数のポイントを検出できるので人差し指や親指を組み合わせて自由な操作ができます。ただ、今はデスクトップ並みの大きさが必要で・・・」
男は技術者の話を聞きながらもの凄い速さで頭が回転するのを感じていた。
あと10年もすれば・・・小型化すればそれほど性能は必要ない・・・常にネットワークに接続されている・・・携帯音楽プレーヤー向けに楽曲を配信・・・。
そして男は一つの質問を技術者に投げかけた。
「もっと画面を小さくすればロセッサ能力や消費電力も抑えられないか? たとえば、ポケットに入るくらいに。」
予想外の質問を投げかけられた技術者は困惑を隠せなかった。
「理屈はそうですが・・・。でもポケットに入るくらい画面を小さくしたらソフトキーボードがまとも使えなくなりますよ。」



自室に戻った男は、さっき思いついた構想を整理してみることにした。ずっと探していたピースがようやく見つかったのだ。
今後10年でコンピューターやパソコンを取り巻く状況は一変する。これは間違いない。

  • コンテンツ(音楽、テレビ、本)はデジタル化され、ソフトウェアと共にインターネット経由で配信されるようになる
  • コンピューターはより小型化し、常に持ち歩くものになる。
  • スタンドアロンタイプのパソコンはなくなり、インターネット接続が当たり前になる

重要なことは、男の会社がこの変化の中心にいて利益を上げられる仕組みを作ることだ。そのためには次の3つのプロジェクトを成功させる必要がある。1つは今進めている携帯音楽プレーヤー。2つ目は携帯音楽プレーヤーと結びついたコンテンツ配信プラットフォーム。そして3つ目は携帯電話ネットワークが使える小型パソコン。これらのどれか一つでも失敗すれば未来はない。必ずすべて成功させなければならない。順番を整理しよう。

  1. ハードディスクを内蔵した携帯音楽プレーヤーを製品化する
  2. ほぼ同時に楽曲配信サービスを開始する
  3. フラッシュメモリの大容量化、低価格化に合わせて携帯音楽プレーヤーのライナップを拡充する
  4. 携帯音楽プレーヤーの動画対応と動画コンテンツ(テレビ、映画)の配信サービスを開始する
  5. 携帯電話ネットワーク経由で常時接続可能なタッチパネルタイプの小型パソコンを製品化する
  6. 同時に楽曲/動画配信システムと同じシステムでソフトウェアの配信サービスを開始する
  7. 携帯電話ネットワーク経由で常時接続可能なノートPCサイズのパソコンを製品化する
  8. 新しい小型パソコン市場でシェアを確立できたら、そのノウハウを従来型のパソコンにも展開する

この構想通りに進められれば、新しく生まれる小型パソコン市場とデジタルコンテンツ配信市場の全てを自分たちで押さえることができるだろう。もちろん今はまだ何も状況は変わっておらず、男の会社の製品のシェアが風前のともし火であることに変わりはない。しかし、男の胸の中にはかつて感じたことのないほどの闘志がみなぎっていた。

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なお、このエントリはフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

ところで、モバイル市場で成功した仕組みを単純にパソコン市場に持ってくることを、パソコン戦略と呼ぶのはおかしいと思うんです。戦略というからには将来の市場変化を見据えた上で、自社のリソース(強みや弱みなども)をどう使っていくかの長期計画を立てることだと思います。たとえばこう・・・。