正義の味方は制御不能の「暴力装置」である

自衛隊(もちろん軍隊も)や警察は強制力を持ち、国家がそれを独占しコントロールするということで、意見は合っていそうです。
ただ、言葉の定義が合っていないので、誰それは間違っているだの、これが正しいだのという小競り合いが続いているような感じがします。言葉の定義については以下のエントリがまとまっています。便利な時代になったものです。


実は子供の頃にとても違和感を感じていたことを思い出したので、それを書いてみようと思います。
今思うと不思議なのですが、子供の頃はテレビが好きで子供向けのアニメや実写ものをよく観ていました。
そういう番組のストーリーはほとんどがワンパターンで、悪役が悪いことをして正義の味方に成敗されるという内容でした。悪役にもいろいろあって、怪獣であったり、怪人であったり、悪の秘密結社であったり、宇宙人であったりという感じでした。正義の味方は平均してとても正義感が強いのが特徴でボランティアで困っている人たちを助けようとします。一瞬、正義の味方は「ニート」が多い気もしたのですが、世間から正体を隠している場合の方が多いと考え直しました。でも、ドラゴンボールの悟空の職業って何でしょう?また、世界を救うことの多いJRPGの主人公達の職業は「強盗」に近いかそのもののような気もします。また、正義の味方の一番の特徴は強いこと、負けないことです。3分間しか戦えないという、あからさまなペナルティを与えられながら、それでも勝つくらいに強い。「勝てば官軍負ければ賊軍」ということわざがありますが、子どもながらに強いものが正義、正義が必ず勝つというのは、おかしいと思っていました。
さらにおかしいのは、正義の味方はさまざまな事件の調査、捜査、被疑者の特定、有罪と無罪の判決のすべてを個人か、顔見知りの少人数で行っていることです。複数の場合は、当然、利害関係も共有しているでしょう。そして、繰り返しになりますが、圧倒的に強い。未知の能力や科学力によって国家でも太刀打ちできほどの戦闘能力を持っています。それらの圧倒的な戦闘能力の行使が個人の道徳観に委ねられているというのは非常に危険な状況にあると言わざるを得ません。まさに制御不能の「暴力装置」です。でも、まぁ、子供向けのテレビ番組の話なら何も問題はないのですが。


自衛隊ではなく国家が暴力装置だから国民は安心して暮らせる: 極東ブログ

だから政府にとって重要なのは、軍の内部でどのような戦略を立てるかということではなく、軍に目的を与えその達成を評価して人事を行うことなのである。

現実は小説より奇なりという言葉があります。軍や警察という国家が独占している強制力は民主的な手続きで選ばれた人達によって運営される政府により、適切に制御されなければなりません。しかし、最近は現実とは思えないような発言や事例が増えているように感じます。


http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/394401/

首相は沖縄県名護市の稲嶺進市長(64)との会談後、記者団に「学べば学ぶにつけ(海兵隊が)連携し、抑止力が維持できるという思いに至った」と語った


菅首相、自分が自衛隊最高指揮官ということを知らなかった ( 軍事 ) - 北朝鮮問題 - Yahoo!ブログ

菅直人首相は19日、首相官邸北沢俊美防衛相に「ちょっと昨日予習をしたら、(防衛)大臣は自衛官じゃないんですよ」と述べた。
(中略)
意見交換会のあいさつでは「改めて法律を調べてみたら『総理大臣は、自衛隊の最高の指揮監督権を有する』と規定されており、そういう自覚を持って、皆さん方のご意見を拝聴し、役目を担っていきたい」と語った。


自民党時代にマスコミが我先にと報道していた漢字の間違いとは次元が違います。また、今回の「暴力装置」発言については発言を撤回して、「自衛隊のみなさんには謝罪致します」と言っています。その言葉からは、自衛隊そのものに「暴力」の制御機能が備わっているのに、それが無いかのような印象を与える発言をしてしまったというニュアンスが伝わってきます。でも制度的に「暴力」の制御機能、つまりシビリアンコントロールを持っているのは政治家です。これらの一連の言葉からはそういった自覚が感じられません。今の政治家にとって自衛隊は、困ったときに頼りになる「正義の味方」と考えているような気がして、非常に恐ろしいと思いました。