竜を愛でる少女の物語 −竜の夏(著:川又千秋)−

まえがき

前のエントリに書いた通り、現行の著作権法が本を死蔵させることによって人々の記憶から本を消し去ろうというのなら、その対抗策として自分の最も気に入っている本や好きな本を紹介しようと思う。
そして、最も気に入っている作品がこの「竜の夏」(著:川又千秋)である。

書評

この本は今から24年前の1984年に出版された。自分も本屋で買ったのか古本屋で買ったのか憶えていない。しかし、改めて読み返してみたが、面白い。途中で飽きることなく、最後まで一気に読んでしまえた。

読者は物語の大半をとある村の老魔術師ヴォン・ジルの視点で見ることになる。冒頭、雨と火についてのヴォン・ジルの考えが語られる。今回、改めて読んで気づいたのだが、この最初の考えが物語り全体の伏線に繋がっている。

この土地には毎年、夏になると太陽から一頭の竜が降り立ち、それともに夏が訪れる。少なくとも人々はそう信じていた。そのため、人々は夏をもたらす竜を敬うと同時に恐れもしていた。

物語の主人公はナウラという美しい少女で、夏の間はいつも竜のそばにいた。普通、竜は大人を襲うがナウラだけは例外だった。このナウラという少女は「風の谷のナウシカ」のナウシカはよく似ていると思う。どちらも人に仇為す可能性のある人外の生き物を愛で心を通わせている。また、読んで貰えば分かるが作品の世界観も似ている点が多い。

竜の名前はダグラで"夏の使い"を意味し、ナウラは"夏の子供"を意味する。物語の最後でこの名前の、特にナウラの意味を考えさせられることになるが、こういう物語の全体を暗示させるようなストーリーや設定は良くできていると思う。この世界観の完成度の高さが、自分がこの作品を好きな大きな理由だと思う。

村人は徐々に長く厳しくなる冬に怯え、竜ダグラは老いていき、ナウラは美しく成長していく。この物語がどういう結末を迎えるかは、美しく描写される世界を味わいながら自分の目で確かめて欲しい。

なお、挿絵は佐竹美保さんという方が担当されている。ネットで調べてみると多くのSF作品を手がけているかなり著名な方のようだ。この作品のファンタジーという世界を、幻想的な挿絵で盛り上げてくれている。


あとがきに作者は次のように書いている。

作者が自分で言うのもおかしな話ですが、僕は、この『竜の夏』という作品を、非常に気に入っています。

この『竜の夏』はプロになる前に1度30ページで、プロになった後は60ページの作品として書いているとのこと。ちなみに本作は212ページ。そして、後書きの最後は次の1文で終わっている。

作者ばかりでなく、できるだけ多くの読者の方々にこの「竜の夏」を気に入っていただけるよう祈りつつー

すでに絶版・品切れとなってしまい一般の書店で購入することはできないが、古本屋やネットのオークション、図書館などで入手可能なので興味のある方はぜひ、読んで欲しい。

竜の夏