常識と専門家

北大生によるくだばれ就活デモ

はてブで「 就活に不満、学生がデモ 札幌中心部で−北海道新聞[道内]」の記事が話題になっていたので、以下のコメントをしたのですが、学生達の真意を測りかねるというのが実感でした。

企業側としても法的に社員をクビにするのが難しいので入りを絞るしかない。で、学生は誰に何を抗議してるの? 自分が他人より明らかに優秀であることを示せれば採用されるのでは? 海外という選択肢は?

はてなブックマーク - hidematuのブックマーク / 2009年11月24日

他にも同じような感覚を持った方がいたようでした。

だれに対してのデモなんだ?

声を上げるのは良いんだけど、じゃあどうあって欲しいというのがいまいちよくわからない


後から、デモ主催者の方のブログを読んでみると、謎があっさり解消しました。

しかも、今の就活の制度には問題が大アリである。そうであれば、「就活なんかなくなっちまえ」ぐらい思うのが当然だし、それぐらい言ってもいい。就活が避けては通れないのであれば、それについてのストレス発散ぐらい盛大にかましてやってもいいじゃないか。

ちなみに、デモというとあんまりなじみのない人が多いかもしれないし、堅苦しいイメージを持つ人もいるかもしれないが、端的に言ってパレードであるw

就活に不満のあるすべての人へ---「就活くたばれ」デモについて: O瀧さんの暴動ステーション

「ストレス発散」、「端的に言ってパレードであるw」。なるほど、なるほど。記事を読む前に「デモ行進=主義主張・抗議運動」という思い込みがあったために彼らのことを完全に誤解してしまったようです。確かに就活にたいするストレス発散と考えれば、あの行動やプラカードの文言も理解できます。誰にも何も期待していないし求めていない訳ですから。
はてブのコメントを読む限り、あの記事で誤解した人が多かったように見えます。はてな村は真面目な人が多いようです。

やはり間違いや誤解を避けるためには、ニュース等の間接的な情報で判断するのではなく当事者の話を聞くことが重要なことだと思いました。


学術・大学関連予算についての事業仕分け

今回の事業仕分けにより、学術・大学関連予算が削られる可能性が出てきたことを受けて、大学関係者が相次いで緊急声明を出しています。先ほどの学生デモの反省も踏まえて、ソースを直接読んでみたいと思います。

以下は著名大学の大学総長による共同声明の中から項目を抜粋したものです。

1.公的投資の明確な目標設定と継続的な拡充
2.研究者の自由な発想を尊重した投資の強化
3.大学の基盤的経費の充実と新たな枠組みづくり
4.若手研究者への支援
5.政策決定過程における大学界との「対話」の重視

記者会見「学術・大学関連予算について」の開催 【共同声明】大学の研究力と学術の未来を憂う -国力基盤衰退の轍を踏まないために- | 東京大学

これを読んで普通に受ける印象は、「金をくれ」「雇用を守れ」「さもないと日本の将来が危うくなる」と、一見、怪しげな信仰宗教団体の勧誘のようにさえ見えてきます。

続いて、以下はノーベル賞受賞者フィールズ賞受賞者による声明 。

学術と科学技術は、知的創造活動であり、その創造の源泉は人にある。優秀な人材を絶え間なく研究の世界に吸引し、育てながら、着実に「知」を蓄積し続けることが、「科学技術創造立国」にとって不可欠なのである。この積み上げの継続が一旦中断されると、人材が枯渇し、次なる発展を担うべき者がいないという《取り返しのつかない》事態に陥る。

ノーベル賞受賞者・フィールズ賞受賞者、「事業仕分けに対する緊急声明」 (全国国公私立大学の事件情報)

こちらも延々と具体性のない観念論が綴られています。確かに優秀な人材は必要です。これを否定する人は余りいないでしょう。でも、科学技術予算と優秀な人材の相関関係ってあるのでしょうか。逆に、具体的でなく根拠の欠ける説明で将来の不安をあおる説明は、予算を削られまいと必至に言い訳する天下り会社のように見えます。


一方、米国では政権交代前に次の政権を担うオバマ政権に米国大学協会が以下の提言を行っていたそうです。

・基礎科学研究に対する持続的でバランスのある成長に必要な政策を提供すること

連邦政府イノベーション、科学、工学の資源を、国家が立ち向かう大きなエネルギーと環境の問題の解決に利用すること

・大規模な科学技術工学数学(STEM)教育イニシアチブを開始すること

・大規模なイノベーション加速イニシアチブを開始すること

・現在の国防先端研究プロジェクト庁(DARPA)の構造と運営に関する評価を実施すること

代替エネルギーの発見は国家安全保障において重要であることから、大統領府はいずれの主要な分野横断的エネルギー研究イニシアチブにおいても国防省がエネルギー省とともに重要な計画及び資金配分面における役割を担うことを確実にすること

国防省の国家国防教育プログラム(NDEP)を拡充させること

・科学者の治療・治癒への探索能力のみならず米国の科学的・技術的な他国との競争能力を妨げることとなっている現行の連邦政府によるヒト胚性幹細胞研究への規制を終結させること

日米大学連合にみる提言力の差 - 赤の女王とお茶を

先ほどの日本の大学関係者の主張を一言で言うとすれば、「金をよこせ。さもなくば日本の将来が危うい。」ですが、米国大学協会の主張は、「米国の進むべき道はこうである。」とビジョンを提示しています。
また、日本と米国の大学の大きな違いは、財布を持っているのは誰かと言うことです。

上記の記事によると

  • 欧米の一流大学は収入における授業料の割合は低い
  • 事業の多角化によって授業料等への依存度を下げている
  • 投資収入が授業料等を上回る場合もある

そうです。
ちなみに日本の場合、学生の授業料が収入の多くを占めており、資産運用の割合は3〜4%と欧米の一流大学とは比較にならないそうです。その結果どうなるか。
11月23日の大学総長による緊急声明では、以下のように主張しています。

我が国の大学や大学院の学費は世界でも突出して高額であり,一方で学生への経済的援助は貧弱な状態で放置されてきました。欧米諸国では,奨学金は給付を意味しますが,我が国ではそのほとんどが貸与であり,先進国の常識からは大きく逸脱しています。欧米諸国においては,大学院教育は学生本人や研究機関の利益のためではなく,広く社会に貢献できるような高度な能力をもつ人材の育成を目指すものとして,公的に支援すべきものされています。私達は,「給付型」奨学金制度の確立を要望します。

http://ladylake.exblog.jp/12375033/

日本の大学は、学生の授業料負担が大きいから国に援助を求めていますが、欧米の一流大学は自分たちの資産で学生を支援します。

学校独自の奨学金があります。ハーバード大学では、支出のうち3パーセント以上を奨学金等により学生に支給しています。

 日本でも早稲田大学が資産運用の収入を奨学金に充てるなどかなり頑張ってはいますが、その奨学金支出の割合は全支出の1パーセント余りです。しかも、ハーバード大学の場合、もともと授業料等に依存する度合いが低いので、実に、授業料等の16%が学生に還元される計算になります。これは、全学生のうちおよそ6人に1人が授業料等を全額免除されているのと同じことです。

海外名門大学の資産運用に学ぶ学校法人経営のヒント

予算を絞られると「国の将来が危ないと危機感を煽り税金をあてにする」日本の一流大学(?)と「経済的に自立し適切なタイミングで政府と対等な立場で提言を行う」欧米の一流大学。これが、常識的な感覚で感じた日本と欧米の大学の印象です。


常識と専門家

ところで、今、小林秀雄さんという方の「考えるヒント」という本を読んでいるのですが、この中でエドガー・アラン・ポーの「メルツェルの将棋差し」という短編の紹介があります。

新装版 考えるヒント (文春文庫)

新装版 考えるヒント (文春文庫)

今はから約200年前の作品なのですが、内容は、負け知らずのチェスをするロボットが話題になり、それを見物に行ったポーが、ロボットの正体を推論で見破るという内容です。当時の常識で考えて、予め決められた動きしかできない機械仕掛けのロボットが「判断」を要求されるチェスが出来る訳がない。つまり、チェスは人間がしており、ロボットの役割は中の人間を隠すためにあると結論づけます。その話と他のエピソードから小林秀雄さんは、今も昔も人は常識を頼りに生活していて、その常識に基づいた判断はほとんどの場合正しいが、その常識は専門家/専門用語(ポーの例で言えば「ロボット」)で案外簡単に揺らぐものなのだと考えます。
上記の科学技術・大学関連予算の仕分け作業では、科学技術に関してはどちらかと言えば素人に近い仕分け人に対し、多くの専門家が反対を表明している状況があります。その状況は客観的に見えれば、仕分け人の予算削減に対抗する役人の様にも見えますが、専門家の大合唱に一抹の不安がよぎるのも確かです。でも、使われるのは多くの素人から集めた税金なのですから、その素人の常識的な判断で用途を決めるのが筋だと思います。専門家であればなおさら素人にも理解できるように「投資効果」を説明する義務があると思います。