アイの物語

陳腐な表現で申し訳ないのですが、とても面白かったです。「ロボット」「人工知能」「チューリングテスト」「我思う、ゆえに我あり」「胡蝶の夢」、そして「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などのキーワードに惹かれる人ならまず間違いなく楽しめると思います。

アイの物語 (角川文庫)

アイの物語 (角川文庫)

Amazonの内容紹介には次のように書かれています。

人類が衰退し、マシンが君臨する未来。食糧を盗んで逃げる途中、僕は美しい女性型アンドロイドと出会う。戦いの末に捕えられた僕に、アイビスと名乗るそのアンドロイドは、ロボットや人工知能を題材にした6つの物語を、毎日読んで聞かせた。アイビスの真意は何か?なぜマシンは地球を支配するのか?彼女が語る 7番目の物語に、僕の知らなかった真実は隠されていた―機械とヒトの新たな関係を描く、未来の千夜一夜物語

「人類が衰退し、マシンが君臨する未来。」、「機械とヒトの新たな関係」、「未来の千夜一夜物語」。これらのキーワードが余りに陳腐に感じられてまったく面白いとは思えませんでしたが、レビューが絶賛なのでとりあえず購入。数ページ読んで買ったことを後悔しかけましたが、作者の意図に気づいてからは最後まで一気に読み終えました。


この本のジャンルはたぶんハードSFです。Wikipediaによると、SF(サイエンス・フィクション)の定義は人によってマチマチのようですが、私がこのジャンルが好きな理由は思考実験の要素を含んでいるからです。思考実験とはたとえば以下のようなものです。

ガリレオ・ガリレイによる「重いものほど速く落下する」という考えを否定する思考実験
1. 重いものほど速く落下するとしよう。
2. 大小二つの鉄球を用意する。
3. 小さいものは遅く、大きいものは速く落下するだろう。
4. 二つの鉄球を軽いひもでつないで一つの物体とする。
5. これを落下させると、小さい鉄球は速く落下する大きい鉄球に引かれるため元より速く落下する。一方、大きい鉄球は遅く落下する小さい鉄球に引かれ元より遅く落下する。従って二つの鉄球の中間の速度で落下するはずである。
6. しかし、全体としては大小の鉄球を合計した重量になり、より重くなるのだから元の鉄球それぞれより速く落ちるはずである。
7. 同じ前提から相反する結果が導かれるのはおかしいのではないだろうか。

思考実験 - Wikipedia

思考実験は実際の実験が不可能、または困難な事象に対して、思考することで答えを導きます。もちろん、頭の中で考えただけなので、実際とは違うこともあるでしょうが、適用範囲は限りなく広く、そして何より楽しいです。


この本に書かれている思考実験の対象は「ヒト」と「ロボット」です。「知性体」と言い換えてもいいかも知れません。ヒトとロボットの話は昔からある定番ですが、この本ほど真剣に向きあっているのは初めてでした。SFにおいてロボットを扱った話はいくらでもありますし、それらの作品の中には、伏線を残しながらそれらを回収せずに訳の分からない結末を迎えるものもありましたが、本作ではそういう心配は無用です。この結末はいい意味で読者の期待を裏切るでしょう。