魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」

(ネタバレを避けるため目次にリンクしています。)
ネットの、それも2ちゃんねるまとめサイトの小説のレビューです。読み終わるまでに休日込みで3日程度かかりましたので、かなりの大作です。文量もそうですが、その中身が凄い。


話は変わりますが、以前に「創作と著作権とパクリ/盗用/盗作について」というエントリを書いたことがあります。また、このエントリのコメント欄を通して実際に作品を作られている方と話をする機会がありました。自分は今のような著作権がなくても創作活動は続けられると考えていましたが、コメントされた方はその考えに否定的でした。


インターネット普及以前、少なくとも私の学生時代は、本やCDなどのコンテンツは店頭で購入するのが当たり前でした。それしか方法がなかったからです。その頃はコンテンツを作る側と消費者との境界線はかなり明確に分かれていたと思います。同級生で絵の上手な人、歌のうまい人はいましたが、あくまで内輪の話であって店頭で販売されているコンテンツのような世界とは無縁でした。テレビや雑誌などでコンテンツを知りそれらを購入する。それは当たり前のことであり、まったく疑問の余地はないものでした。
しかし、インターネットの普及により世界の仕組みが一変しまいた。誰もがコンテンツを作り世界中に配信することが可能になったからです。この誰もがコンテンツを配信できることについて「日本のどこにでもいる「才能の無駄遣い」」というエントリを書いたこともありますし、ニコニコ動画には数えきれないほどの作品がアップロードされています。ただ、既存のコンテンツ業界並みのコンテンツを「素人」が作ることができるのか、疑問はありました。CGMで作られたコンテンツの多くが既存コンテンツの二次、三次創作だったからです。たとえば小説であれば、西尾維新さんの作品のようにオリジナリティがあり面白い作品と遜色ないような作品がCGMで作ることが可能なのかは分かりませんでした。それは過去にそういう作品を読んだことがなかったからです。


しかし、「魔王『この我のものとなれ、勇者よ』勇者『断る!』」(以下、「まおゆう」)は、過去に読んだ小説のどれとも違っており、なおかつ最高に面白いものでした。小説を読むために徹夜したのは数年ぶりのことでした。
まおゆうの分かりやすい特徴としてほぼ100%が会話文で構成されている点があります。会話文以外は、場面が切り替わった時の場面説明(どこそこの屋敷や部屋など)や効果音(擬音)くらいしかありません。この会話文だけであれだけの長編を豊かな臨場感を伴いながら描いていることにまず驚きます。逆に会話文だからそれだけ臨場感を高めることができたようにも思えます。この物語のベースとなっているドラゴンクエストに代表されるRPGゲームも基本的に会話文だけで物語が進行しているので、その手法をそのまま使って長編小説として構築したとも言えます。また、会話文主体で物語を進めるという点で漫画や、そして落語にも似ています。
今日、我々が当たり前だと思って読んでいる小説は、明治時代に生まれた言行一致運動によって確立されたものです。それ以前は平安時代に完成した文語や漢文によって文書は書かれていました。しかし近代日本語の祖とも言われる落語家の三遊亭圓朝が速記記録と公開を許しそれらが人気となったころから、当時の作家達にも口語記述が広まっていき日本語の主流となります(言行一致)。つまり、今の常識で考えれば異質に見える会話だけで展開される物語も、将来は小説の一つのジャンルとして成立する可能性があると思います。
また、まおゆうには固有名詞がほとんど、もしかしたら全く登場しません。たとえば、登場人物は、魔王や勇者であったり〇〇な村人であったりしますし、国や組織の名前も一般名詞が使われています。名前そのものが人物の立場や性格を表しているために、人物描写をせずとも読者は登場の役割について理解することができるためテンポ良く会話文だけで話を展開することを可能にしています。
これまで述べた通り表現方法は既存の小説と異なっているにも関わらず、話の展開は王道です。過去の名作の面白さのエッセンスが凝縮されているため、面白くない訳がありません。たとえば戦記物の定番であろう、敵の大軍を知略により少数で撃退するなどです。また、最近の流行りとしては萌え要素を取り込んだりもしています。そして物語の至る所にこれまで読んだことのないアイデアが要所々々に配置されているため、良い意味で読者の想像を超える展開が用意されています。


最後はこの物語のテーマについてです。この物語は既存の価値観を壊すことなく、新しい世界の創造を目指す物語です。今の小説や漫画、映画の多くは正義の味方が悪者を倒す勧善懲悪ものが主流です。しかし、まおゆうは最初にこういった勧善懲悪を全否定するところから物語が始まります。そして、まだ誰も見たことのない世界である『丘の向こう側』を目指します。
このエントリの冒頭で今はコンテンツの制作者と消費者に分かれているという話を書きました。また今の著作権はそういった価値観に基づいて作られていいるため、著作物は書かれた時点で著作権が発生するので冒頭のまとめサイト著作権的にはグレーだと思います。しかし、それが永遠に続くと決まっている訳ではありません。まおゆうという作品は、誰もが疑うことすらしない現在の価値観が未来永劫続くとは限らないこと、『丘の向こう側』には誰も見たことのない新しい未来があり、勇気と強い意志があればそこにたどり着けることを信じさせてくれる、そんな作品でした。


参考

まおゆうの作者、ママレードサンドさんの別名「橙乃ままれ」さんのページ

ドラクエベースの物語

まおゆうレビュー

橙乃ままれさん新作「ログ・ホライズン」レビュー

「まおゆう」という略称が初めて使われた例?他は見つけられず。

橙乃ままれ(ママレードサンド)さんのTwitterアカウント

書籍化プロジェクト進行中。