溺れた犬を棒で叩く人たち

大阪で起きた母親による2児のネグレクト事件が話題になっている。こういう痛ましい事件を聞くと気が重くなる。

ホットエントリのブコメを読むと母親を批判するコメントが少なくない。しかし、母親の立場に立って考えて見れば、子ども側にもそうされるだけの理由があったことが分かる。

「この金が臭うか?」と言い放ったのはヴェスパシアヌスだけど、臭いなしの育児なんてありえないのだから。乳臭く糞くさい。それが子育てなのだから。

子育てというのは小飼弾さんが言うように、「乳臭く、糞臭い」ものだ。特に赤ん坊のうちはいつ泣き出すかわからないし、動けるようになったらなったで野獣のように制御不能。寝不足と緊張でもうろうとした意識の中、おむつを替え、糞尿を拭き、ミルクを与える。

1日や2日なら我慢できだろう。でも24時間365日。文字通りの休みなし。何かあれば(何もなくても)片親だからと陰口を叩かれる。そんな極限状態でも、日常は続き、子供たちは泣き、喚き、そして言うことを聞かない。子どもって本当にバカ。口で言っても分からないなら、もう、体で憶えさせるしかない。人の気も知らずに面倒ばかり起こすのなら、放っておかれても仕方がない。


はてブコメで母親を批判している人たちなら、この母親の気持が分かると思う。無抵抗でバカな相手に対して、言葉の暴力を振るう。間違っているのは相手で正しいのは自分。母親がバカな子供を叩くように、他人は愚かな母親を叩く。母親が子供を叩いても状況は何も変わらないように、母親を批判しても状況は何も変わらない。ではなぜ批判するのか。楽しいから?

残念ながら2児は救えませんでしたが、他にも同じかそれに近い虐待を受けている子供はいるでしょう。ちきりんさんは離婚届を受け付ける時にこういう事態を予防できるのではないかと提案されている。狐の王国さんは社会全体で子供を育てていくことを提案されている。他にもブクマコメでいろいろなアイデアをコメントしている方がいる。


日常でも仕事でも、何かの課題に対してできない理由を一生懸命考える人が結構多い気がする。そういうのを見ると、その一生懸命さの一部でも問題解決に使えばもっと楽になるのに思う。昔読んだ本(ドラッカーだったかも)に、雪山で遭難した時の行動として

  • 1.雪山登山を提案した人を糾弾する
  • 2.いかに安全に下山するかのアイデアを出し合う

という2つの例を提示して、後者が正しい行動だと書かれていた。しかし、上記のブクマコメを読むと1.を選んでいる人が少なくないように見える。