図書館の未来

図書館 - Wikipedia

歴史的には、学術研究用に資料を集めた場として、学者や貴族以外の者は利用出来なかったり、利用が有料であった時代が長い。中世には、本一冊で家が買えるほど貴重なものであった為、鎖で本棚に繋がれていた。

中世の時代、本一冊で家が買えるほどの貴重品でしたが、グーテンベルクの印刷術の発明によって一般人が気軽に買えるまで価格が下がりました。そしてデジタル技術の発達によって文字データをほとんど一瞬かつゼロコストで複製することが可能になりました。
本の価値が全く変わるのですから、その本を貯蔵する図書館の役割も必然的に変わらざるを得ません。
配架中の日記 - 大学図書館の未来は?

日本人研究者によるオープンアクセス・機関リポジトリ関連資料にあった

土屋俊「なぜ大学は機関リポジトリをもたなければならないか(北海道大学附属図書館講演会 2005年2月1日)

を読むと図書館が機関リポジトリを運営しなければならない理由として

「ほかに図書館がすることがなくなるから」

大学付属の図書館の場合、基本的に利用目的は大学職員の研究のためというのが大きいのでしょうが、そういう場合に参照頻度の高い論文というは電子化されていくように思います。そういう世界では情報の蓄積という図書館の役割を果たせなくなるから、「機関リポジトリを運営」という仕事が必要と言うことらしい。(リポジトリは「目録」のようなもの?)
また、土屋俊さんは別の論文ではっきりと次のように言及されている。

土屋俊「インターネット世界の中の大学図書館の役割」 (広島大学図書館職員研修会. 2004年9月28日.広島大学) (pdf)

インターネット時代に 図書館は要らないのか?
不要である
– 学生は図書館にもともと行かない。Googleがあれば 十分。ますます行かない。–
コンテンツは研究室、教室へ直接届けられる。契約は会計処理にすぎない。あるいは、pay-per-useか。
– 保存は、生産者が行う
– レファレンスは、日本に一箇所あればよい
⇒ 要するに、従来の役割のための図書館は不要

インターネット時代に図書館は不要と言い切っている。じゃあ、今後どういう役割を担っていくのかというと具体的には何も書かれていなかった。
これは大学図書館についての話だが、その他の図書館も基本的には同じ話だと思う。携帯端末の進化、電子ブックの普及と低価格化によって紙の書籍は減少していくと思う。そして、紙の書籍の保存を目的としていた図書館はその役割を終えて、閉館していくのだと思う。もちろん、少なくとも数年、長ければ数十年以上先のことになるだろうが。そして、GoogleAmazonが本の保管という役割を担うようになるのかも。


iPodの売り文句は「自分の音楽コレクションを全部ポケットに入れて持ち運び、どこででも聞くことができる」でしたが、そう遠くない未来には「人類の全書籍を全部ポケットに入れて持ち運び、どこででも読むことができる」ようになるかもしれません。

<9月2日 22:30追記>
時事を考える: 地獄の季節@グーグルブックサーチ
こちらのエントリーで「グーグルブックサーチ」の紹介をされているのを見つけました。

地獄の季節 (岩波文庫)

地獄の季節 (岩波文庫)

ランボオの「地獄の季節」という本の原文(フランス語?)を検索されています。結構前からサービスは提供されていた様に思いますが、初めて画面を見ました。ちゃんと本のページをめくるイメージになっているんですね。「時事を考える」さんじゃないですが、このサービスと使いやすいPDA(W-ZEROやSidekick後継かな)があってダウンロードできればもうほとんど本を買わなくなるかも知れません。(岩波文庫系の本が結構好きなので。)

<9月10日 23:00追記>
せっかくブクマしてくれた方もいたのですが、どうも予測が間違っている(考慮不足)らしいことが、分かりましたので追記します。
どうも未来の図書館は人のためだけにあるわけではなく、「本が本を読む」ことになりそうです。「本が本を読む」については、下記のエントリーを参照してください。また、このブログの他のエントリーもお勧めです。
bookscanner記 -  やっぱり、「アナロジー(類推)で考えてはいけない」のかも