ハード体質とソフト体質

12月3日に発売されたWii向けソフト「New スーパーマリオブラザーズ Wii (通常版)」の販売が好調で発売から4日間で93万本を発売したらしいです。

発売前から大量にCMが展開されていましたが、いかにも任天堂らしく有名タレントが楽しそうに遊んでいるシーンを上手に編集して放送していました。

このCM詰め合わせ動画の9分以降が4人でのプレイシーンです。このシーンを見て、任天堂が目指しているもの、理想としているものが分かった気がしたので、それを書いてみようと思います。

ゲームビジネスの原点

任天堂はゲーム機のビジネスを始める前は花札やトランプなどのカードゲームの会社でした。当時、トランプは紙製が普通でしたが、日本で初めてプラスチック製のトランプを販売したり、ディズニーキャラクターを採用したり、トランプを使った簡単な遊び方のマニュアル(プレイガイド)を添付、そして大規模なCM展開で大きなヒット商品となりました。
私がトランプを買ったのは十年以上前になるので、曖昧な記憶しかありませんが、確かにA4程度の簡単なトランプゲームのルールが書かれた紙が小さく折りたたまれて入っていた気がします。当時はまったく気にもしていませんでしたが、今、改めて考えてみるとこのあってもなくてもいいように思える「紙切れ」が今の任天堂の成功につながる「エッセンス」を含んでいることに気がつきました。
トランプそのものと遊び方が書かれた紙切れを比べた場合、どちらの方が価値があると考えられるでしょう。普通はトランプ本体と考えると思います。もし、店頭でトランプと紙切れを別々に販売したら、紙切れを買う人はいないでしょう。トランプゲームの遊び方でお金を取ろうとするなら、せめて「本」になるくらいの情報が必要です。
しかし、トランプにこの紙切れを同梱したとしたらまったく意味が変わってきます。トランプ自体は遊ぶための道具、つまり玩具ですが、それで遊ぶためには遊び方を知っている必要があります。遊び方が分からない場合には誰かに聞くか、お金を出して本を買う必要があります。ところが、ルールが書かれた紙切れがあるだけで、誰もがトランプを買うだけで遊ぶことができるようになります。つまり、この時に任天堂は、遊び道具と遊び方を組み合わせることで遊び方で商売する方法を「発見」したのです。トランプのルールを知っているだけでは、お金になりませんが、ルールと一緒に道具(トランプ)を売ればモノは同じなのに大きな商売になるのです。
この遊ぶための道具と遊び方をセットにすることで誰もがすぐ遊ぶことができる点が、ゲームソフトと共通しています。ゲームソフトは言わば、遊ぶための道具(データ)と遊び方が一体化した商品と言えます。
また、トランプのプラスチック化は同じゲームを高グラフィック化することに似ていますし、著名なキャラクターとの提携はゲームソフトで一般的に行われていることです。
冒頭のNEWスーパーマリオブラザーズWiiというゲームは、見た目はまったく違いますが、友達同士、親戚同士がトランプで「ワー、ワー」言いながら遊んでいる姿と重なって見えた気がしました。

ハード体質とソフト体質

任天堂の元社長の山内さんは、以前、日経ビジネスの記事で次のように語っていました。

DSがヒットした、Wiiがヒットした、かつてはファミコンが大ヒットしたと人々に言ってもらえるのは、それは私たちがソフト体質の会社だったからです。だから、ハード体質の経営者がもしいたとしたら、辞めてくれと言いますし、そうしないと任天堂という企業はつぶれるんです。

最初、この記事を読んだ時、山内さんが言われているハード体質、ソフト体質の意味がよく分かりませんでした。単純にハードウェアの会社がハード体質で、ソフトウェア会社がソフト体質という訳ではないことは次のコメントから明らかでした。

ゲームボーイ」が誕生して「ポケモン」も出てきたこと。任天堂にはやっぱりソフト体質の人々がいて、それで何とか折り合いがついた。

ポケモン」はソフトウェアですが「ゲームボーイ」はハードウェアです。でも、どちらもソフト体質の人々が作ったと言っています。
さらに、

DSの2画面と言うのは僕のアイデアだけれど、タッチパネルを使うというのは、次の世代の連中が考えたもので、これは非常に素晴らしかった。そういう発想はまさに、僕が最も歓迎するものだし、それがある限り任天堂はつぶれないということを証明した。ソフトの開発力というのがあったと思うんやね、結局。

DSはもちろんタッチパネルもハードウェアです。しかし、それらを産んだのはソフトの開発力だと言っています。この「ソフト」とはいったいなんでしょう。以下の文がヒントになりそうですが、言葉での説明は難しいそうです。

要は発想ですよ。あるでしょう、体質の違いって。ただ、どうしてもそういうものは、書いて説明しろと言われたって、できない部分が多すぎる。

当時は、このハード体質とソフト体質の意味が分からなかったのですが、冒頭のトランプとプレイガイド(遊び方の書かれた紙切れ)の話からなんとなくですが、分かったような気がしました。
おそらくハード体質の人間は目に見えるものを価値判断の基準にして考える人のことだと思います。目に見えるものとは、つまり測定できるものや数値化できるもののことです。数値化できることとはつまり、誰もが確認できることですから、決してそれが間違っているという訳ではありません。多くの場合、それは当たり前のことだと思います。
対して、ソフト体質の人間は、目に見えているものを信用していない人間なんだと思います。見えているものを無視するのではなく、それは何かの仕組みや都合で「そうなっている」だけなので、見えているものをより深く見通すことで背後にある仕組みを理解しようとするのです。そういう視点でトランプに添付されたプレイガイドを考えると、コップ1杯の水が都会と砂漠とではその価値がまったく異なるように、単なる紙切れが高い価値を持つことに気づきます。

CPUを高速化すれば処理能力が上がる。解像度を上げればより綺麗な表示が可能になる。容量は少ないより多い方が良い。携帯機器は小さく軽い方が良い。どれも間違っていないし誰もが肯定するでしょう。
しかし、任天堂Wiiで低消費電力、省スペースを追求し、新しいUIを導入しました。また、DSi LLでは大型の携帯機器を販売しました。従来にはない新しい発想で、商品の価値を高めるというやり方は、今、見えているものでしか価値を測れないハード体質の会社には真似のできない方法なのだと思います。