「レールプレイングゲーム(Rail-Playing Game)」の可能性

日本で「ロールプレイングゲーム」といえばドラクエやFFなどのコンピュータRPGをイメージする人が多いと思います。しかし、「ロールプレイ(Role-Play)」を直訳すると「役割演技」(誤解を恐れずに言うと「〇〇ごっこ遊び」)という意味なり、欧米では日本で言う「テーブルトークRPG」になります。このテーブルトークRPGは、自分としては即興劇(そっきょうげき)の一種だと思っています。友人たちで集まって、仮想世界とシナリオ、そしてキャラクターたちを設定し、ダイスとアドリブで劇(ゲーム)を進めます。厳密な意味での即興劇は敷居が高く難しいので、テーブルトークRPGは簡単に始められるように様々な道具が用意されています。SFやファンタジーを楽しむ一般的な方法が本や映画に限られていた時代、より深く、より自由にファンタジー世界を楽しむ新しい方法として、テーブルトークRPGがありました。ロールプレイでの主目的はゲームを通して友人たちとの会話を楽しむことでした。シナリオも戦闘もそのための道具にすぎませんでした。


初期のドラクエやFFは、効率的でわかりやすい戦闘システム(コマンド選択式のターン制バトル)とレベルアップシステムを特徴とする一人用RPGだったと思います。用意されたシナリオを進めるためには強くなっていくモンスターとの戦闘に勝つ必要があり、そのためには戦闘を繰り返して経験値とお金を貯めてレベルアップや強い装備を揃える必要がありました。この時点で日本のRPGにおいては、もともとのRPGが持っていたアドリブ的、即興劇的な要素が失われて、シナリオと成長、コマンド型ターン制バトルを中心とした独特の発展を遂げていくことになったと思います。


最近、JRPGという言葉が話題になっています。

欧米の大きなゲームメディア/ゲーム系Blogの間では,「日本のRPG」はやたらと揶揄されている印象です。いわゆる「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」のような日本製のRPGを指して「JRPG」と呼んでいるのですが,その使われ方を見ていると,もはや蔑称(べっしょう)のように感じます。曰く,
「生きるか死ぬかの冒険に子供を参加させるのはおかしい」
「細身の美少年が大きい刀を振りまわすなんて無理がある」
「ターン制で,順番に攻撃するなんてリアリティがない」
「ハゲヒゲマッチョを少女がパンチで倒すなんて変だ」
「子供が数人で世界を救うのってどうなの?」
「最初ダメージ10とか言ってたキャラがダメージ99999って何よ?」

【島国大和】日本のRPGはもう駄目なのか? - 4Gamer.net

これらの批判は確かに理に適っています。ただ、「娯楽」作品について矛盾点を上げるのは野暮と言うものではないかとも思います。映画でもいちいち矛盾点を指摘していても楽しめません。じゃあ、欧米の主流RPGはどういうのか考えた時、どうやら「箱庭ゲー」らしいことがわかりました。典型的なのはGTAIVのようです。ユリイカと言う雑誌のRPQ特集ではそのように書かれていました。

われらの道(RPG)はどこにある
 『D&D』 から 『テイルズオブ』 シリーズ、そして 『GTAIV』 へ !? / ブルボン小林×飯田和敏×米光一成

RPGの冒険 - 「ユリイカ」「現代思想」の雑誌発行、人文諸科学の専門書の出版社「青土社

私はGTAIVはほんの触りの部分しかやったことがないのですが、その時に感じたのはまるまる街一つをゲーム内に構築し、プレイヤーはそこに一人の移民者として放り出されるという状況でした。あとの行動はとにかくプレイヤーの自由に任せられます。決められたシナリオを進める日本のRPGを前提とすると、とても同じジャンルとは思えない内容です。「ロールプレイ(Role-Play)」の「役割演技」まで立ち返れば、GTAIVも確かにRPGの一種なのかも知れません。これを典型的なRPGと考えていた場合、日本のRPGJRPG)はとても奇異なものに映ると思います。


そして、先週、FF13が発売されました。私はFF13は購入していませんが、ネットの記事をいくつか読んだり観たりする限り、JRPGのお約束は踏襲しながらいくつかの点で大きく変わっているようにも見えます。たとえば、従来のJRPGとは一線を画す美麗なグラフィック、ゲーム中の大部分を占めるほぼ一本道のマップ、難解な世界観などなど。それでも、シナリオ重視、成長要素、ターン制バトルといったJRPGの特徴は踏襲しています。なお今回は特に一本道のマップを皮肉の意味で「レールプレイングゲーム(Rail-Playing Game)」と呼ばれることがあるようです。
しかし、一本道のマップはシナリオ、成長重視のJRPGにとって、必ずしもデメリットなことではないようにも感じます。複雑なマップや謎解きをゲームの合間に挟むことはゲームの進行を妨げて、やる気を阻害する要因にもなるでしょう。効率よりゲームを進めることを最優先とするならマップ自体なくても良いのかも知れません。つまり、

ムービー → 戦闘 → ムービー 戦闘 → ムービー → ・・・

こそが、究極のJRPGのシステムのようにも思えます。少なくとも一つジャンルとして確立できる可能性はあると思います(個人的には好きではありませんが)。そういう意味で今回のレールプレイングゲームと呼ばれるFF13がビジネス的に日本国内で成功するのか、海外で成功するのかは、今後のJRPGの行く末を占う上で非常に興味深いと思っています。


ちょっと脱線しますが、最後にNEWスーパーマリオブラザーズWiiについて思ったことを書いておきます。このゲームはRPGというジャンルとはまったく異なる2Dスクロールアクションの最新タイトルですが、本作の大きな特徴として複数同時プレイがあります。複数同時プレイ時のシチュエーションとして、さらわれたピーチ姫の救出というおおまかなシナリオがあり、プレイヤーが同じ場所に集まってプレイし、ゲーム中の各キャラクタを操作することで協力しながら様々な敵を倒し、罠を潜り抜けてゲームを進めます。やってみた人ならわかると思いますが、お互いのキャラクタが干渉しあうことで予想できないような状況が何度も生まれます。そのことでキャラクタが死んでしまうこともありますが、それがゲーム上で大きなペナルティにならないため、コミュニケーションを促進するきっかけになっています。この状況が初期のテーブルトークRPGの雰囲気に限りなく近いように感じられたため、その時は理由が分からずちょっと戸惑いました。
協力プレイという意味では、FF11やモンハンがありますが、各プレイヤーが別々の画面を見ている点でニューマリWiiとは違います。リトルビッグプラネット(LBP)は同じ画面を共有しますが、キャラクタ間の干渉の度合いという点でニューマリWiiとは大きく違っていたと思います(この辺は記憶が曖昧です)。つまり、各プレイヤーが同じ場所に集まって、同じ画面を共有し、キャラクタ間で密な相互作用を持つということがテーブルトークRPGと同じような楽しさが得られている理由のように感じました。まったく異なるジャンルのゲームだったので、同じような感覚を持つということが不思議に感じました。